そのとき、香水を漂わせた女の人が、背広姿の男の人とともに、私たちのすぐ前を通り過ぎていった。


「そういえば、ミクはさあ」

「うん?」
私は、顔を上げて、大地を見た。

「お化粧とか、しないの?」

「え?……」

「いっつも素顔?」

「……そうだけど…」


私は、大地のこの質問に、ちょっとたじろいた。
大地は、そういう女の子が好きなんだろうか。


私の周りに、化粧をしている女子はいない。
エリにしたって、ほかの陸上部仲間にしたって、リップくらいは塗るものの、化粧と名のつくものをしている子は、皆無だった。


体育系女子は、ふつうそんなもんじゃないだろうか。
少なくとも、私はそう思っていた。


大地は、どっぷりと陸上競技の世界に浸かっているはずなのに、陸上をやっている女の子のプライベートのことを、知らないんだろうか。


もしかすると、彼はいままで、化粧をするような女の子――あるいは女の人とばかり付き合ってきたんじゃないのかな…と、わたしはぼんやり考えた。


でも、それじゃあ、この肩の上の手は、なんなんだろう?