シマは、とても正直な男で、「俺は誰ともキスしたことがない」と、私に常々話していた。
それが、好ましくもあったけれど、だからといって、彼のことを全面的に好きになるということにはならなかった。


キスをしたことのない2人が、最後の別れにキスをする。――


変だ。やっぱり、どっか変だ。
でも、事態はそういうことで、家に向かって突き進んでいた。
あとはどのタイミングでするか?という命題だけが、2人の間をさまよっていた。


要領の得ない散文的な話を、暗闇の中に残していったあとで、やがて家が近づき、私は自転車を暗がりの細道に止めた。


シマは、緊張しているみたいだった。
私も、これまでにないくらい、ドキドキしていた。


このキスは、なんなんだろう?
私にとっては、神さまへの供物みたいなものだった。
これでもう、ご破算にしてほしいというような。
それから、10%の好奇心。


「じゃあ…、」
とシマが言って、私が少し背伸びをした。
乾いた唇が、軽く触れあった。
これが、わたしのファーストキス。


ファーストキスは、あっという間に終わった。
え?これでいいの?という感じ。


「じゃあね。…今までありがとう」


シマが、去っていくのを見て、私はどっと疲れを感じた。
これで…これで、終わったんだ。


その後姿が消えたとき、私はようやくホッと安堵を覚えた。
もう、罪悪感は、私を追ってこない。


そして、自分の唇をなぞり、
「これがキスをしたことのある唇」
と私は心の中でつぶやいた。