ゴウッ、と有り得ない音を立てて飛び交うボールを
身軽にヒョイヒョイと避けているのは
転校生の水木愛莉だった。
「わーすごーい」
「晴菜…、なんの感情もこもってないよ…」
「こめてないもん」
よーやるな。とは思ってるけどね。
なんか今さらアレに混じるのも何だし
私と由宇は端のほうで座って、だべります。
「龍崎くん、いるじゃん?」
由宇がドッヂボールを見ながら言う。
私は真顔になって答えた。
「……リュウザキ?誰よそれ」
「まさかの!?」
ファンクラブ入ってるじゃん!と言われて思い出した。
ああ、あの社会不適合者。
「アレがどうかしたの?」
「いや、なんかね、あの子のこと、気に入ってるらしいの。だからみんな気が立ってるらしい!」
どや!と言われた。
「へーぇー」
「あ、興味無かったですかスミマセン晴菜さん」
興味ないというか
アレが誰某とどうなったとか
気に入ったとか
知って得になるの?って感じ。
「龍崎くん、媚びない感じが気に入った、って」
「えぇー。そりゃあお嬢様達も怒るわ」
「え、なんで」
「え、むしろなんで分かんないのよ」
簡単なことじゃないの、と由宇を一瞥して、水木さんを見る。
由宇は全く分からないようで、首を傾げる。
たぶん、水木さんは悪くない。
悪いのは社会不適合者共。
「お嬢様達だって、女の子なのよ。由宇」
「………、え…当たり前じゃん。あれで男の子とか言われたら卒倒するよ」
「いい加減分かれ」
由宇の頭にチョップを入れた。
「あだっ」
暴力反対だー、と唇を尖らせている由宇はスルーした。
そうこうしているうちに、ドッヂボールも決着したらしい。
膝をついてガックリしているのは、お嬢様達だった。
「わー、転校生1人で勝ったんだ」
「王道ね。あと少しでチャイム鳴るし、教室戻る?」
私の言葉に頷いた由宇と共に立ち上がると
キャーッ!
と黄色い声が上がる。
「なにこの金切り声」
「晴菜…せめて『叫び声』って言おうよ…」
とりあえず金切り声の根源を探す。
キョロキョロと見渡し、見つけたのは
「げ」
「晴菜、ファンクラブ仕様」
「きゃー海翔様だわステキ過ぎて見てられないから帰りましょう教室に今すぐ即刻に一刻も早く」
「さすが」
私の変わり身ように
ケラケラと笑う由宇を引きずって教室に戻った。
後ろから
『愛莉を苛めんな!コイツは俺のお気に入りだ』
『ちょ、海翔!私は』
『そ、そんな、海翔様…』
『あんまりですわ…』
という声が聞こえたけど、どうでもいい。
本当に一刻も早くあの場から去りたかったから
競歩なみの早歩きで教室に戻って着替えた。
「ちょ、早い早い早いよ晴菜」
「社会不適合者に近づきたくないのよ」
意気消沈したお嬢様達が戻ってくるときにはもう着替え終わってた。
ていうか
お嬢様達の周りの空気がどんよりしてるわ。
「なにがあったの(笑)。マジ気になるわ」
「予想は出来るけどね」
「パネェっす晴菜さん」
どうせ、水木さんを庇ってお嬢様達を貶しまくったんでしょう。
いや、あの場合はお嬢様達が悪いけどね。
綺麗なお顔が歪んでるわよ。お嬢様なら眉間にシワ寄せるなよ。
「あ、晴菜晴菜。次、お昼ご飯だよ!」
「はいはい」
弁当を取ってくるー!と駆け出した由宇。
由宇の席は廊下側だから、私の席から少し離れてる。
お昼ご飯はいつも私の席で食べるんだけど
―――ガラッ
「……おい」
カラリと戸を開けて入ってきたのは、目つきの悪い美形。
美形死ね……間違えた。来るなし。
その美形は、確か社会不適合者。
水木さんを連れてきたかと思うと、ちょうど弁当を取り出していた由宇に目を付け
「愛莉を虐めたのは、お前か?」
「は?いっ、――!」
由宇の腕をひねりあげた。
私はガタンと音を立てて席から立つ。
水木さんも必死に社会不適合者を止めようとする。
「ちが、海翔!ソイツは違うんだって!」
その声さえ聞こえてないようで、未だ由宇を離さない。
私は怒りに身を任せてツカツカと社会不適合者に近づく。
そのままひっぱたいてやろうと思ったけど、由宇が口パクで『ファンクラブ仕様!』と言ってきたから
…分かったわよ。
まったく、変に優しいんだから。
一回深呼吸して、社会不適合者の手から由宇の腕を救出した。
「なんだお前」
「お初お目にかかります。しがないファンクラブ会員ですのでどうぞ記憶から抹消なさってください」
「チッ、じゃあお前も愛莉を虐めたのか」
どうやらターゲットを私に移したらしい男は私の胸ぐらをつかみあげる。
……苦しいんですけどー。
とりあえず笑顔で反論する。
「『も』って何ですか。私もこの子も水木さんを虐めてなんかいませんよ。だって利益が無いじゃないですか寧ろ逆でしょう。世の中損得勘定が出来ないと生きていけませんよ。つまり私が不利益になるような不始末はしませんと申したいのですが」
ノンブレスで言うと目を見開く社会不適合者。
言い過ぎた、とは思わない。寧ろ足りないわよ馬鹿やろう。
でも目を付けられるのは御免だから。
「すみません一介のファンクラブ会員如きが反論して。でもお宅にも非があることを忘れないでください。しかし私も一応謝っておきます本当にゴメンナサイ、うふふ、ではサヨナラ」
「チィッ、馬鹿にしてるのか!?」
「はい、そうで…ごほんっ!失礼、そんなわけ無いじゃないですか」
「………くそ、うぜぇな」
「あらやだ酷いですね」
愛想が尽きたような顔をして、男は手を離してくれた。
実はずっと爪先立ちだったのよね。胸ぐら掴まれてたから。
…背の高い奴とか縮んでしまえ。
「俺は、ファンクラブみたいな奴がいるから…」
社会不適合者の呟きに反応する。
は?
ファンクラブみたいな奴がいるから?なんですか?
友達が出来ないとか言いたいんですか。
アホが居るわ。
ムカつくムカつくムカつく。
私の頭の中は「ムカつく」の文字でいっぱいになってる。
つーか、お前も由宇に謝れよ、みたいな。
ごほんっ。
言葉遣いが悪くなったわ。
とりあえず
もう話したくないから踵をかえして席へと戻る。
もちろん由宇の手を引いて。
「晴菜ありがとう晴菜格好いい惚れた結婚して!」
「ゴメンナサイ」
「即答!でもめげない!」
いや、同性愛とか認められてないから、この国では。
席について弁当を広げて、適当にだべる。
「とにかく、あの声のデカさ異常!しかも日本史に触れてない!セクハラについてとかマジどうでもいい!と、あたしは思う!」
「そうね、同感。難聴の原因になるわ、あの教師」
受験に失敗したらどうしてくれるのよ。
とかなんとか話し合っていると
ガタンと
椅子を引きずる音が両隣からした。
嫌 な 予 感 。
そろりと横に視線を向けると、
「……」
「………」
え、は、意味わかんない。
隣にいたのは、ムスッとして、眉間にシワを寄せて、不機嫌さを如実に表している社会不適合者。
私はバッと逆隣を見た。
「ごめん晴菜、由宇。海翔に謝らせようと思って…。ついでに仲良くなってほしくてさ!」
「…………水木さん」
小さな親切、大きなお世話!
そんな気遣いはいらないわよ!
とりあえず深呼吸。
何事もなかったように再び弁当に箸をのばすと
「悪かった…」
ぼそりと、呟いた声が聞こえた。
社会不適合者が、あの、何様俺様海翔様が
謝った。
え、マジか。
由宇の箸から卵焼きがボトリと落ちた。
ちょ、由宇、口開けて呆然としてる場合じゃないから。スカートの上に卵焼き落ちてるから。
――じゃなくて
「謝んなくて良いです」
「は?」
「その代わり、貸しイチ、ということで」
「…やっぱり気に入らねえ」
それは褒め言葉ですね分かります。
アナタに気に入られても(笑)、みたいな。
由宇はようやく卵焼きに気づいてアタフタしてる。
水木さんは、なんか微笑ましそうに私と男を見ている。
あんたは母さんか。
「とにかく、由宇か私がお願いしたことを一度だけ聞き入れてください。それでチャラです」
社会不適合者…言いにくいな、龍崎でいっか。
龍崎は睨むように私を見る。
「『付き合え』とか、そういうのは」
「ないないないない。おぞましい…じゃなくて、そんな身の程知らずなことは頼みません」
「…ふん」
この『ふん』は了承と受け取っておこう。
とりあえず、学校で一番強くて一番の人気者に貸しが出来たのは嬉しい。
これでファンクラブの幹部に何か言われても対抗できるわ。
そう思って再び横を見ると
コンビニの袋からパンを取り出して食べ始めている龍崎。
「………」
「……なんだよ」
「いや、なんで此処で食べ始めるんですか。女子の中に1人って辛くないですか」
「………」
やはり気まずいらしい。
そりゃあ、濡れ衣かぶせた由宇とか、言い返した私とかがいるからね。
…じゃあ帰れよ。とか思う。
由宇を見れば、もう食べ終わって、弁当を片している。
早いわね…。
手を合わせて御馳走様をした由宇は、机に肘をついて残りの私たち三人を観察している。
と、いっても
私は黙々と食べてるし、龍崎はそっぽ向いてるし
水木さんはニコニコしてるしで
面白くもなんともないと思うんだけど。
私はミニトマトを箸で掴もうとする。
…滑るから上手く掴めない。
つるっ、と何回も箸から逃れるミニトマトに、もう食べ残そうと思っていると
ヒョイと、骨ばった大きな手がミニトマトを取っていった。
そして、
「ん」
「いや、なにしてんのよ」
私の口に真っ赤なミニトマトを押しつけてくる龍崎。
……頭いかれたのかしら。