毎朝早めに学校へ来て、三階の窓から見下ろす。それが僕の日課だった。


 そこから見えるのは小さな花壇と、一人の女の子。

 朝顔の水やり当番、それが彼女の日課。

 たぶん彼女が好きとかそんなんじゃなくて、なんというか、不思議な子だった。


 一度だけ話したことがある。僕が彼女を初めて見たときだ。

 そのときも彼女は朝顔の世話をしていた。


 「そのラジカセは何?」


 僕はこう聞いた。花壇の端になぜかラジカセが置かれていたから。聞いたことのあるク
ラシックの曲が流れていた。


 「植物も音楽を聴くんだよ」


 見知らぬ男子が話しかけてきたことに驚くこともなく、朝顔に目をやったままそう答え
た。


 彼女と話したのはそれだけ。

 それ以来気になってはいたんだけど、話しかけると彼女とその回りの雰囲気をぶち壊し
てしまいそうで、気づいたら遠くから見つめる日々。

 そういえば名前も学年も知らない。

 なんで毎日水やり当番なんだろう。音楽を聞かせるとどうなるのだろう。

 疑問はたくさんあって、それは彼女に聞けばいいことばかりだったけど、僕には話し掛
けることはできなかった。

 僕が六年生に上がってから、彼女を見ることはなくなった。

 それでもしばらくは日課を続けたけど、曜日ごとに変わる当番の顔を覚えたあたりでそ
れをしなくなった。
 

 僕の勝手な予想だけど、彼女は朝顔と話したかったんだと思う。きれいな音楽を流せば
聴いてくれる、そう思ったんだ、たぶん。


 でも、彼女には悪いけど、僕はそんな童話みたいなことはないと思う。それに、音楽を
聴かなくなった朝顔は、前と同じままだ。


 同じように、どんなに彼女を見つめても、彼女がそれに気付くことはなかったのだろう
けど。