むー、と沖田を見ると楽しそうに笑われたか
ら、凜は今度こそ顔を背けて歩き出す。
後ろに付いてくる沖田を気にしながら、凜が
廊下を歩いていると、明るい声が聞こえた。
「おー、二人共!いい所に来たな!!」
「新八」
いつも元気な永倉が広間から顔を覗かせて、
来い来いと手招きをしている。
沖田にチラと視線を向けると、肩を竦(スク)め
て見せた。
断る理由もなく中へ入ると、凜は一瞬うっと
身を引いた。
「何?」
引いて後ろの沖田にぶつかったから、真上の沖田の顔を見上げる。
沖田は反対に真下に見下げて凜を見た。
「熱気が「おおおお前等なぁ、堂々といちゃつくなよっ!!」
遮った永倉が叫ぶように言うと、凜ははっとこの状況を一瞬で悟った。
と言うか、何故顔が近いのに気づかなかったのだろうか。
「いっ、いいちゃついてなんか「えー、駄目なんですか?」
凜の体に腕を回し、いかにも見せ付ける。
凜も永倉も顔を真っ赤にしたのだが、中にい
た原田は呆れている様子だ。
「あんまり新八をからかわないでやってくれ、
総司」
流石、原田と言う所だろうか。
凜は変に感心しながら皆の所に座る。
「で、何をしているのよ?」
隣に沖田が腰を下ろした事を確認して、中を
ぐるりと見回す。
永倉と原田の他に、藤堂や斎藤に山崎もいる。
一番説明が上手な斎藤と目が合うと、斎藤は
気まずそうに目を伏せた。
「俺は山崎君に連れて来られた故、何をするの
かは知らん」
と言うので山崎を見ると、ニカッと笑った。
「俺は永倉さんに呼んで来い言われただけや
から、俺も知らんで?」
それは胸を張って言う事なのかと呆れたが、
取り敢えず事の真相を永倉に訊く。
「何なの、この集まりは」
多少……いや、嫌な予感しかしないのだが。
「ふっふっふ、実はなぁ……」
得意げに永倉が立ち上がり、いかにも楽しそ
うに笑顔になった。
そんなに楽しい事なのかと少しだけ期待した
が、やはり嫌な予感がする。
嫌な予感というのは意外と当たるものだと池
田屋の時に痛感している為、凜はごくりと生
唾を呑み込んだ。
平和なのはいい事
だがそれは
あまりにも恐ろしく
悍ましく――
「怪談話をしようと思ってだなぁ!!」
……………。
凜はふるふると震え、顔を引き攣らせた。
「け……稽古場行ってくる」
「ちょお待て待て待て待て」
即座に立ち上がった凜の肩を掴み、永倉は本
気で楽しそうな笑顔を向けた。
「夏だろ?暑いだろ?」
「ここにいる方が暑苦しいわ」
永倉の言いたい事は分かった。
つまり『怪談話をして涼しくなろう』なんて
安直な考えを企てたのだろう。
「まぁそう言うなって。話してる内に涼しくな
るぜ?」
永倉はどうも鈍いらしい。
悪気がないという事は、凜が怖がりだと気づ
かずに誘っているという事だから。
「ひょっとして、怖いのか?」
だが原田は珍しくニヤリとからかうように笑
い、凜に吹っ掛けた。
「………誰が怖いなんて言ったのよ」
いつもは冷静な凜が図星を突かれて平常心で
いられるはずがない。
原田の思惑通り言い返してきた凜は、内心か
なりドキドキしながら座った。
「そうこなくっちゃねー!」
「よし、んじゃいくか!!」
藤堂も悪乗りしているが、未だ気づかない永
倉は待ってましたとばかりに声を上げる。
後悔ばかりが胸を過ぎったが、耳を塞ぐ訳に
もいかず極力他の事を考える事にした。
「それはある夏の夜……」
―――…
俺はいつものように左之と平助と島原へ呑み
に行ってたんだ。
その帰り道、呑み過ぎたのかいつにも増して
気分が悪くなっちまって、休憩するからって
二人には先に帰ってもらった。
取り敢えず体が火照って熱かったから、川に
でも行こうと思って歩き出した。
そしたら、綺麗な着物を着た別嬪な女が俺に
近付いてきたんだ。
大丈夫ですか、つって。
俺は咄嗟に大丈夫だっつったんだが、女の方
は眉下げて心配そうで。
気まずくなって俺ぁ『どっかこの辺に涼しい
所ねぇかな?』って訊いたんだ。
そしたら女は笑顔になって、俺の手ぇ掴んで
引っ張った。
それで連れて来られた場所は、また綺麗な川
でよ。
夏の夜だったから、蛍が飛んでて。
暫く一緒に見て、その日は屯所に戻った。
それから何度もあの川に行こうとしたんだ。
あの女に会えるかもって思ってな。
俺の予想通り、行く度に女に会えた。
会う度嬉しそーな顔するから、俺もつい通い
つめちまってなぁ。
「だから新八、妙にこそこそしてたのか」
「うるせぇよ左之。いいから聞いとけ」
えー…で、それから何日か過ぎた日の夜。
前に会った時に、その日会おうって決めてた
日だ。
川までの入り組んだ道を歩いてた時、男に会
ったんだ。
そいつ、俺が先へ進もうとしたら慌てて引き
止めやがって。
この先は危ないから行くなっつーんだよ。
意味分かんねぇし問い詰めたら、丁度四年前
に川で女が自殺したらしくてな。
後から聞いた話じゃ、どうもその理由が恋仲
の男に裏切られたからだそうだ。
俺ぁ知らずに幽霊なんて、と思って屯所に引
き返した。
んでその日の夜中、変にそわそわして起きた
ら、そこには………
バシィッ
「おいてめぇ等ぁあああ!!!!!!」
「きゃあ――――――!!!!!!!!!!!!」
「っ、と………!?」
いよいよ最後の締めの時、広間の襖が勢いよ
く開いた。
中は閉め切って真っ暗で蝋燭(ロウソク)だけの明
かりだったのが、入り口から光が差し込む。
だが凜にはそれが見えていない。
凜は余りの恐怖から、沖田に突っ込んだのだ
った。
「……何してたんだ、取り敢えず説明しろ」
こいつがこうなったのもな、と凜を指差す。
結果的に、凜が沖田を押し倒しているように
なっている。
「あぁあぁああ……」
沖田は肘で体を少し起こしながら、完全に怯えている凜の頭を撫でる。
「俺ぁ怪談話をしてただけだぜ?」
「仕事ほっぽってか」
「へ」
目が点な永倉に溜め息を吐き、土方は藤堂を見た。
「平助と稽古指導だ」
「ぁあーっ、忘れてた!!」
藤堂は言われるなり頭を抱え、即座に立ち上がって永倉を連れ立っていった。
「で……」
「いや、俺は何も仕事ない筈やで!?」
「お、俺は夜の巡察担当ですが……」
「俺も」
土方が目を向けるなり慌てて言う三人。
まぁいいかと呟くと、土方はいちゃついてい
るように見える二人を見た。
「………俺、仕事終わってますよ」
「んな事ぁ分かってる。そいつは」
先程から全く動かない凜を不審に思い、土方
が腕を組んで答えを急かした。
と言うか、そろそろ犯人が土方であるという
事に気づいて我に返る筈なのだが。