気がつけば背中に木が当たっている。

何故こんな事になっているのか、凜は丸で理
解出来なかった。


「……何するのよ?」

「何して欲しい?」


いや、別に……と目を逸らした凜は、相当動揺
していた。

強引なのに弱いのは、相変わらずのようだ。


「恋仲なんだから、いいよね?」


と言いつつ前から凜に手を出していた沖田。

というかそういう問題なのかと、凜は反論し
ようと口を開く。


「屯所でいちゃつくな、欲求不満」


ベシッという音が聞こえたと同時に、目の前
の沖田が「痛っ」と声を漏らす。

ゆっくりと離れた沖田の後ろに見えたのは、
呆れた表情をした土方 歳三(ヒジカタ トシゾウ)だ
った。


「あ、土方」

「お前な……」


やれやれと溜め息を吐く。

沖田は不機嫌そうに土方を睨んだ。


「………何ですか、土方さん。あぁもしかして、
嫉妬してるんですかぁ?」

「な…!?お前なぁっ!」






『図星です』と言っているかのように慌てて
反論する土方に、当の本人は首を傾げた。


「何で土方が嫉妬するのよ」


鈍感発言をする凜に、土方は固まり沖田は苦
笑いを浮かべる。


「要するに……」

「説明せんでいい」


珍しく慌てている土方に疑問を抱きつつ、凜
は思い出したように口を開く。


「それより」

「"それ"で片付けた……」


途端に笑い出す沖田と引き攣る土方。


凜は意味が分からないとばかりに息を吐き、
土方を見る。

が、即座に目を逸らされた。


「いい?続けて」

「あぁ……」


くっくっと笑う沖田を取り敢えず放置して、
凜は仕切り直す。


「もう直ぐ、戦になるかもしれない」

「……どういう意味?」


真面目な雰囲気に、流石に笑いが収まったの
か沖田が尋ねる。


「そのままよ。遠出していた会津の方が、もう
直ぐ戻って来るの」






あまり理解出来ず、沖田も土方も眉間に皺を
寄せて悩んでいる。


「その遠出していた奴ってのは、誰なんだ」


取り敢えず気になる所を問うと、凜は瞬いた。


「あぁ……早瀬 龍飛よ」


凜がそう言うと同時、土方は雷が落ちたかの
ように驚きで固まった。

沖田はまだ分からないようだ。


「お前……!!は、早瀬さんは流石に呼び捨てに
するような方じゃねぇだろ!?」

「誰?その早瀬って人」


土方が恐れ多いとばかりに騒ぐものだから、
沖田は余計に気になって身を乗り出した。


「松平様の側近で、有名な剣客で、私の師匠」


嬉しそうに笑う凜と、興味がなさそうに頷く
沖田と、更に驚く土方。

その時廊下を歩いていた隊士達は、中庭のそ
の光景を見て揃って首を傾げていたそうだ。











































  相性は人それぞれ


  ドSとツンデレ

  意外と熱愛――








―――…


早瀬が帰ると知らされて間もない、一週間後
の朝の事。


「は?」


松平に呼ばれた凜は、いつものように直ぐに
飛んで来た。

……何を知らされるかも知らずに。


「今、何と……?」


状況が呑み込めず思わず聞き返す凜に、松平
は微笑んで言葉を紡ぐ。


「早瀬が、明日帰って来る事になったそうだ」


明日、早瀬が帰って来る。

心の中で呟くと、より現実味が増してきた。


「ほ……本当、ですかっ?」

「あぁ。今朝、早瀬から文が届いたのだよ」


みるみる内に目を輝かせる凜は、笑顔で頭を
下げて「見回りに行ってきます」と部屋を後に
した。


上機嫌で一人外の見回りをしていると、三人
の不逞浪士が目に入った。

酒を呑んでいるのか、赤い顔で町人の男の胸
倉を掴んでいる。


「ちょっといいかしら?」


声を掛けると、浪士達は苛立った様子で振り
返った。


「あぁん?」






相当酒が回っているのか、相手が誰かも分か
らないようだ。


「暴力を振るう暇があるなら、幕府の為に精一
杯働いたらどうなの?」


態と挑発的に言うと、浪士達は怒りを露わに
して凜に掴み掛かろうとする。

が、凜は抜刀して目の前の浪士の首に刃先を
向けていたため、浪士は一瞬怯んだ。


「何か言いたい事でも?私は、間違った事は言
っていないわよ」


眼光鋭く浪士達を見ると、早々と逃げようと
する。


「幕府の犬がっ」


そう、捨て台詞を残して。


「………あんたらみたいな野良犬より、幕府
の飼い犬の方がよっぽど増しよ……」


どこか悲しげに呟く凜に、絡まれていた男が
声を掛けた。


「あの、ありがとうございました」

「……いえ。それより、大丈夫ですか」


男の頬には殴られたような痣があり、凜は気
遣わしげに頬に触れた。






「あ……あのっ!!水城 凜さんですよね!?」

「はぁ…そうですけど」


いきなり頬に触れていた凜の手を握り、そう
言った男。

余りの勢いに、凜は身を引いている。


「ずっと憧れてたんです!綺麗な人やなって、
ずっと……思ってて」


何なんだろうこの状況は、と一瞬他人事のよ
うに思う。

しかし、何故今それを言うのか意味が分から
ない。

凜がそういった思いで黙り込んでしまった男
を見つめると、男は顔を赤くして俯いた。


「す……好きなんです!!」

「………っは!?」


大声で言われた言葉に一拍以上遅れて反応す
る凜の目には、男。

そこで漸く、この男の口から出た言葉だと理
解した。


「え、いやあの………」


理解して、次は何故そうなるのか理解出来な
くなる。

自分の事ながら、やはりどこか他人事のよう
に思えてきてしまうのだが……。






と言うか周りの人も見ていないでどうにかし
てほしいと心の中で叫び、自分はどうすれば
いいのか皆目見当も付かなかった。


「よ、よろしかったら…私と……こっ、恋仲に
なってください!!」


もう何が何だか頭がおかしくなってきた。

取り敢えず頭に浮かんできたのは沖田で……
この状況下で、沖田が来てくれたらなんて考
えてしまう。


「何してるの?凜」


いくら何でもそんな都合良く現れる事はない
だろうと思っていると、先程まで考えていた
人の声が背後から聞こえた。


「そ……総司…」


何故かホッと息を吐く。

すると、凜の手を掴んでいた男の手の力が緩
んだ。


「とか言って、大体分かったけど……」


そう言いながら凜の手を引き、男に……周り
に見せ付けるように凜を抱き締める。


「この子の恋仲は俺だから」


ニッコリ、と笑顔を浮かべる沖田。






暗に『凜は渡さない』と言っているようで、
凜はほんのり頬を赤く染めた。

そしてそれを見た男は、付け入る隙がないと
感じたのか何も言わずに去っていった。


「全く、油断も隙もあったもんじゃないねー」


あっけらかんと言い退ける沖田に、凜は開い
た口が塞がらない思いで沖田を見た。


「な、何でここに…」


目が合って思わずそう問うと、沖田は「あぁ」
と楽しそうに笑みを浮かべて口を開く。


「凜に呼ばれた気がして」


凜はそれこそ驚いて、顔を更に赤くした。


「何で赤くなるの?」


クスッと眉を下げて笑う沖田から目を逸らさ
ず、じっと目を見て呟く。


「やっぱり…好きだなぁ、って思って……」


だがやはり言った後は、照れて目を逸らして
しまった。

が、何も反応がなくて視線を戻すと凜は目を
見開く。

珍しく、沖田が赤面していたのだから。