決めたんだ

  満開の桜の下で


  ずっと

  傍にいると――








とは言っても。

命の恩人である松平 容保(マツダイラ カタモリ)の下
を離れるなんて考えられない凜は、自室で頭
を抱えていた。


新選組にいたい。

会津にいたい。

総司の隣にいたい。

松平の隣にいたい。


矛盾した思いが巡る。


一人では到底決められない気がして、凜は立
ち上がった。







「松平様、水城です」

「入れ」


松平に許可をもらって部屋に踏み入れると、
凜は松平の前で跪(ヒザマズ)いた。


「どうした?姫」

「あの……」


ニコニコと笑みを浮かべる松平には、どうし
ても言いづらい。


「おぉ、そうだ姫!近々、早瀬(ハヤセ)が帰って来
るのだよ」


決心して口を開いた凜を遮るように、松平が
嬉しそうに話した。

凜はそれを聞いて目を輝かせる。


「か……、帰って来るのですか!?」

「あぁ」


そんな凜を見て、微笑む松平。


「いっ、いつですか!?」

「そうだなぁ……秋頃になるやもしれん」






秋……と呟くと、凜は急いで立ち上がった。


「稽古に行ってきます!!」

「え?あぁ……用はいいのか?あっ姫!?」


松平の声も聞かず、凜は走って稽古場に向か
っていた。


――早瀬 龍飛(リュウヒ)

松平の側近で、凜の師匠だ。



スパァンッ


「薫(カオル)っ試合するわよ!!」

「はっ!?ちょ、痛い痛い痛い痛い!!」


凜は宮部(ミヤベ)の部屋へ押し入ると、宮部の
首根っこを掴んで引きずり出した。

そして無理矢理稽古場に連れて行き、竹刀を
持たせる。


「ねぇ凜、何でそんな張り切ってんの?」

「あ、諒(リョウ)!審判お願い」

「無視!?」


宮部を無視して近くにいた氷上(ヒカミ)に審判
を頼むと、凜は構えた。

それに合わせて、宮部も訳が分からないまま
構える。


「始め」


氷上の合図で宮部が仕掛け、凜が避けて……


結局、物の数秒で終わった。


「凜、やけに気合い入ってますねぇ」






「暁(アキラ)!聞いてよ、皆して俺の事無視するん
だよ!?」

犬山(イヌヤマ)がやって来るなり、宮部は助けを
求めた。


「あ、早瀬さんが帰って来るからでしょう?」


が、犬山も宮部を無視して凜に笑い掛ける。


「酷い……って、え?早瀬さん?」

「そうよ」


やっと反応した凜に若干感動しながら、宮部
は考えた。


「って、誰?」


苦笑いを浮かべる宮部に呆れる犬山と氷上。

だが凜は、「あぁ」と呟いた。


「薫、丁度入れ違いになったのよ」

「でも、僕達は知ってますよ。有名ですから」


勝手に話を進める三人に、宮部が割って入っ
ていく。


「で、誰なの?」


その質問に、凜が得意げに答える。


「松平様の側近で、私の師匠!」


その言葉に宮部が目を見開く。


「ぇえっ!?り、凜の師匠ー!?」


凜は嬉しそうに笑い、後の二人はそんな宮部
を冷めた目で見ていた。






「早瀬さんは会津で有名な剣客です。僕は物心
付いた時から知っていました」

「俺も、噂を聞いていた」


犬山も氷上も、早瀬がきっかけで会津藩士に
なりたいと思ったのだ。

凜は改めて自分の師匠を誇りに思い、続けて
口を開いた。


「ずっと京にいたし、江戸生まれの薫が知らな
いのも無理はないわ」


それを聞いて宮部は首を傾げる。


「じゃあ、今はどこに?」

「さぁ」


サラッと答えた凜に、脱力感を覚えた。

「何だ、知らないのか」と呟いた宮部に、凜はム
ッとして紡ぎ出す。


「各地を回っているのよ。ずっと同じ場所に留
まっている訳ではないから、分からないのよ」


それを聞いて宮部は「へぇ…」と呟く。

早瀬は言わば、凜に松平の護衛を託して各地
に赴いているのだ。


「でも、何であちこち回ってるの?」

「お仕事ですよ」


今度は犬山が答えて、ニッコリ笑った。






「薩摩や長州に同行しているとか、聞いた事が
ありますよ」

「じゃあ、帰って来るって事は……」


宮部が何かを悟り、凜に視線を向ける。


「余程不穏な動きでもあったと言う事ね」


不敵な笑みを浮かべると、凜はまた竹刀を構
えた。


「………成る程ね。だから試合で剣の腕を磨く
って事か」




凜の出した、自分の矛盾した気持ちの答え。

それは、『今はまだ会津にいる』と言う事だ
った。