昨日、恋人が死んだ。
それを知ったのは朝礼時、先生の口から。
友達は私をなぐさめてくれた。
泣きながらで何を言っているかほとんど聞き取れなかったけど、きっとなぐさめてくれたんだろう。
うん、いい友達を持ったもんだ。
私を嫌ってる子達は、
「彼氏が死んでよく学校来れるよね」
と、つつ抜けの陰口で私の図太さをほめてくれた。
私はというと、
涙で顔をぐちゃぐちゃにして、彼氏がいない世界なんて生きてる価値ない!
ユウマ、私もすぐそっちに行くからね……
なんてことはまったく無く。
頭を巡るのは、
ご家族とは仲良くしてなかったから御通夜は遠慮しとこうとか、
電話帳から彼氏の名前を削除するべきかとか、
そんなこと。
涙すらでなかったから、目元の化粧のノリもすばらしい。
よく冷めてるって言われたり、クールな性格をうらましがられる。
けど私にとっては、コンプレックス。
やっぱり彼氏が死んで泣かないなんて、現役女子高生失格なんだろうな。
家に着くと、ベッドに横たわり、ユウマの顔を思い浮かべる。
よーし泣くぞ。今から絶対、泣いてやる。
プルルルル……
なんという間の悪い着信。嫌がらせかよ。
『もしもし、先日幽霊になりましたユウマといいますが』
無言で電源ボタンを押す。
きっと悪質なイタズラだろう。
プルルルル……
かんぱついれずに入る着信。
発信元を確認してみると、
『幽霊のユウマ』
うん。誰だろう、これ。当然こんな名前を登録した憶えはない。
すこし速くなる鼓動を意識しつつ、電話に出る。
「もしも『ひどいなー! いきなり切るなよ、エーコ』
再び無言で電源ボタン。
きっと気が動転しているに違いない。
携帯の電源を落として、今日は早めに寝よう。
でもあの声、あの感じ、間違いない。
さっきの電話は私の彼氏、ユウマだ。
翌日、学校で授業を受けながら、昨日のことについて考えた。
昨日の電話。幽霊のユウマ? ばかげてる。
オカルト話は嫌いじゃないけど、あまりにも非現実的すぎる。
きっと誰かのいたずらだ。そう思いたいけど。
あの声。やっぱりユウマだ。
何度思い返しても、あの声はユウマ以外考えられない。
でもなんで? 死人からの着信なんて、ホラー映画にしてもベタすぎる。
……あーあ。頭が混乱して授業がまったく頭にはいらない。
また電話、かかってくるんだろうか。
かかってきたら文句言ってやる、ちきしょう。
学校から帰り、くつろいでいたときに電話は鳴った。
『幽霊のユウマ』
はー。そうか。これ、現実みたいだ。
「もしも『落ち着いて! 電話切らないで!』
私の声をさえぎってまくしたてる幽霊さん。
「質問したいことが山ほどあるけど、本当にユウマなんだね」
『うん、驚かせてごめん。そんじゃ、質問受けつけまぁす』
人を小バカにしたようなこの口調でますますユウマなのだと確信してしまったことが、少々情けない。
「とりあえず、なにそのナチュラルな感じ。
お化けならもっとオドロオドロしい登場の仕方があるでしょ」
『俺なりにいろいろ考えたわけよ。
怖がらせないように、信じてもらえるようにって。それと、俺はお化けじゃない、幽霊、だ!』
そうだ。こいつは普段から無意味なこだわりを持っていたんだ。
ヒーローは最後の最後に現れるとか、なんとか。
「うざい……もう切るよ。成仏してね」
『ちょ、ちょっと待ってよ! ごめんって!』
『あのさ、いくらなんでも冷静すぎない?
ここまで驚いてくれないと、ちょっと寂しいよ』
「アンタのバカっぷりは人には真似できないもん。光栄に思いなよ」
『思えねえよ』
「ところで、お化けは時間はわかるの?」
『ユ・ウ・レ・イ!』
「切るよ」
『はい、お化けにも時間の感覚はあるみたいです、ハイ』
「そっか、わかった。じゃあ、明日午後二時頃、電話かけてよ」
『いいけど、なんで?』
「それじゃあまた明日」
『ちょ、ま』プーッ プーッ
切ってやったぜ。
翌日。
久々に学校をサボった。
昨日の今日だし、先生も大目に見てくれるだろう。
ちなみに、自慢ではないが成績は超優秀だ、ちなみに。
それに、私には重大な使命があるのだ。
電車を乗りついで、あるところにやってきた。
入り口を抜けると、広くてきれいな敷地と、正面に大きな古い建物。
ほうきで掃除をしていたおじさんに、ここへ来た事情を話す。
そろそろ二時だ。携帯を構える。
プルルルル……
きた。ワンコールでとる。
『もしもし、エーコ?』
相変わらず間抜けな声だ。
ユウマの問いかけを無視して、おじさんに話し掛ける。
「この人です。神主さん、成仏させてあげてください」
神主のおじさんに電話を手渡す。
おじさんは耳に携帯を当てたが、首をかしげ、私に返してきた。
―通話時間 0分08秒―
チッ、バレたか。
その日の夜、私がベッドに入ったのを見計らったように電話がかかってきた。
『もしもし。今日、神社行ったの?』
「うん、あんたが電話切ったせいで頭おかしい子みたいな目で見られちゃった」
『はー。ちょっとひどくね?』
「ほら、あたしって意外に信仰深いから。成仏しないと悪霊になっちゃうって聞くし」
『そうじゃなくてさ。
死んだはずの彼氏と話ができるって状況、もうちょっと喜んでくれると思ってた』
「それはうれしいけどさ」
嘘をついた。
今、ユウマと話して感じるのは、幽霊としゃべっているという好奇心だけ。
元々、ひんぱんに電話をするような付き合い方じゃなかったし。
恋する乙女の甘酸っぱい気持ちがわかないことに、自分でも嫌悪感を感じる。
なんでなんだろう。私ってやっぱりズレてるのかな。
「そういえば、どうやって電話かけてるの?」
『自分でもわかんない。なんつーか、ハッ! って念じるというか』
「へー。幽霊も大変ね。他の番号にはかけてみた?」
『ん……いや。エーコの携帯にしかかけられないみたい。
ほら、やっぱ思いが通じ合ったんだよ俺たち』
「そっかー」
『あのさ。クサい台詞スルーされると恥ずかしいって事、知ってる?』
「私のこういうトコが好きなんでしょ、あんたは」
ガラにもないことを言ってしまった。
生前、いや私と付き合う前かな、ユウマはそこそこ浮き名をとどろかせた女たらしだったらしい。
たしかに容姿はなかなかのものだから、女がなびくのもわかる。
泣かせた女も数知れず、みたいな。
私の一番嫌いなタイプ。というか、接点はないだろうと思ってた。
私に目をつけたのも、最初はカタブツの女もいいかな、という気持ちだったらしい。ムカつく。
初めての会話は、
「俺と付き合わない?」「死んで」
その後しばらく男子が近寄らなかったのは、きっとそういうことだろう。
告白を受け入れたのは五回目の時。
その時の告白の台詞は、
「お願いします。付き合えなかったら死にます」
あまりの情けなさにOKしてしまってからは、主導権は常に私。
女たらしをいいように振り回す私、カッコイイ。
でも、付き合ってみたら意外といいやつでウマも合った。
他の男が寄り付かないという特典付き。
けど好きって感情があるかどうか、自信ない。
『おまえさ、いじめられたりしてない?』
ボケっと考え事をしていると、ユウマは唐突に聞いてきた。