【短編】海に降る雪



 やっぱ、力じゃ男にかなわないか。



 男達が私の体を触ってくる。服を脱がそうとする。




 気持ち悪い。やめろ。触るな。




 叫びたいが、声がでない。







 プルルルル……






 私の携帯の着信が鳴った。




 直後に複数の携帯の着信が鳴り響く。




 この部屋のすべての人の携帯に電話がかかる、異様な光景。




 最初に電話にでるリーダー。ヒッ!という悲鳴とともに携帯を投げ捨てた。





 私の事を忘れたかのようにざわめきだす取り巻きと男達。




 みんな電話に出ると、同じように悲鳴をあげる。




 このわけのわからない状況を頭で整理できないでいると、廊下から複数の足音が聞こえた。







 「おい、ドアを開けなさい!」




 強くドアをたたく音とともに聞こえてきた声は、私の担任の声だった。



 安堵のため息をついてから、私も電話にでる。






 ――ヴヴヴヴヴアアアアアアアアアアアアアアアア






 この世のものとは思えないおぞましい叫び。






 おぞましい叫びを発する、ユウマの声だった。


 『だから行くなって、あれほど言っただろ』



 寝る前の、恒例のユウマとの電話。



 「うん、さすがに反省。でも、なんで」




 ユウマはちょっと自慢気に話し始める。




 『俺が死ぬ二日前くらいかな、あいつらがコソコソ話してるのを聞いたんだ。「エーコを誕生日にやっちゃおう」って。どこでやるか、どの男を呼ぶか、しっかり聞かせてもらったよ』

 「そうなんだ……」

 『それで、おまえは性格的に断らないだろうと思って。絶対俺が助けるって決めたんだ。』



 真剣なしゃべり声。



 『まさかそれまでに自分が死ぬとは思わなくてさ。でもエーコが無事で、本当よかった』



 今度は、心底私を思いやってくれる優しい声。



 「うん……ありがとう。でも、どうしてあんなことできたの?」

 『俺の携帯だよ』

 「携帯?」

 『携帯なくしたって言ったけど、あれ嘘。第一教室に仕掛けておいたんだ。俺が電話したときだけ自動的に通話はじまるように』



 それからユウマは、自分の携帯で様子をたしかめながら、
 私や他の携帯に電話をかけたこと、
 私にしか電話がかけられないのも嘘だという事、
 担任にも電話で報告したことを誇らしげに語ってくれた。


 『それに普段から言ってたろ、俺が』

 「ヒーローは最後の最後に現れる、ね」



 二人で笑いあう。



 調子に乗らなきゃ完璧なんだけど。
 でも、完璧じゃないのがユウマらしいな、と思った。


 『あ、俺の携帯まだ教室だよね?』

 「うん、たぶん」

 『教壇の下に仕掛けたから、取りに行ってほしい』

 「いいけど、どうして?」

 『いいからいいから。それで保存BOXを見てほしいんだ』

 「うん、わかった。それでどうすればいい?」

 『いや、見てくれればいいから……あ、エーコ、もうお別れみたいだ』

 「え?何?」




 プーッ プーッ




 突然電話は切れた。





 着信履歴を確かめて、かけなおしてみた。




 何度も何度もかけたけど、つながることはなかった。


 翌朝、早めに学校に行き、廃校舎へ向かった。



 第一教室につくと、ドアは閉鎖されていた。



 人の気配がないのを確かめて、ドアを無理やり開けて中へはいった。



 教壇の下を調べる。あった、ユウマの携帯だ。



 私とは対照にジャラジャラつけてたストラップは、すべてはずされていた。



 えーと、保存BOXだったっけ。



 保存BOXには一通だけメールがあった。





 私にむけた、派手な画像とか着メロで装飾された、センスはないけど一生懸命さの伝わる、一通のメール。



『題名:HAPPY BIRTHDAY

 本文:
 エーコ、誕生日おめでとう!

 それと、付き合って大体一年だよね。それもおまけにおめでとう。

 エーコはイベント事好きじゃないっていってたからデートには誘わなかったけど、せめてメールくらい送らせてください。

 エーコは俺のこと、好きじゃないですか?

 俺はエーコのことが大好きです。いつか、ちゃんと好きにさせてみせます。

 だから、これからもずっと一緒にいましょう。

 ユウマ』


 メールを読み終わらないうちから、涙が止まらなかった。



 そのせいで、後半読むのに苦労した。





 私、泣けるじゃん。




 だってずるいよ、死んだ人間が「これからもずっと一緒にいましょう」なんて。





 泣くに決まってるよ。


 電話がかからなくなって、急に自分の部屋がさみしくなった気がした。




 ふと携帯をいじってみるけど、やっぱりすぐ閉じる。



 この数日間、ユウマと付き合った一年の中で一番濃かったな。





 今になってやっと、ユウマのことが好きだと、はっきり言える。




 ユウマの顔を思い出すと目が潤むから、それが証拠になるはず。




 あの世ってあるのかわからないけど、ユウマも私のために泣いていてくれたら、うれしい。





fin

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