「私達さ、こうやって電話すること、あんまり無かったよね」
『そうだな。俺は電話したかったけど、エーコかけるといつも不機嫌になるだろ』
そうだったのか。そんなつもりはなかったのだが。
一年近く付き合ってたのに、こんなに気を使わせてたんだな。
「そっか、ごめんね。そういえば携帯はどうしたの?」
『ん、ああ、死ぬ直前に無くしたんだ』
数時間前、待ち切れなくてユウマの携帯にかけてみたのは口が裂けても言えない。
つながらなかったけど、解約はされてないみたいだった。
『こんなに話せるのに、キスもできないのが悔しいよ』
ぶっ。笑わせてくれる。
「死ぬ前だって、キスなんかしなかったでしょ」
たぶん人に言えば笑われるが、私達は一線も二線も越えていない。
一度、ユウマがせまってきたことはあった。
それはもう野獣のような勢いで。
でも、私に噛み付く直前に、
――や、やっぱ世間の流れに任せてすることないよね、うん!
私ではなく、ユウマの台詞だ。
『だってあのときエーコ、殺人鬼のような目でにらんできたんだもん』
それ以上言うな。私が悪かったから。
「私は別に、してもよかったんだけどね」
『いまさら遅いよ! もうちょっと生きていたらなあ』
生きていたら、こんな会話、なかっただろうな。
『もう遅いけど寝ないで大丈夫?』
「ああー……そうだね。もう寝ようかな」
『それじゃおやすみ。あ、明日、待ち合わせ行かないでよ?』
「しつこいなー、行かないよ。おやすみ」
相手を安心させる嘘なら、きっと悪くない。
翌日。
朝からちょっと緊張しているのは、あのラブレターのせいだ。
意味もなく準備体操をしてみる。自分のアホっぽさを笑う。
返す返事はもう決めてる。
『これラブレターじゃなくて、果たし状って言うんだよ』
バッチリ決めてみせる。
通学中に携帯をチェックすると、誕生日のお祝いメールが何通も入っていた。
みんな凝ったデコメールや長文で私を祝ってくれている。
誠心誠意、私も返信しなければ。
ありがとう!と。一括送信。返信終了。
みんなごめん、今日はそれどころじゃないから。
単にめんどくさいからというわけでは、決して無い。
ユウマからのメールもはいってるかも、と思い探したが、無かった。
幽霊はメール打てないから、仕方が無いか。
授業中、ずっと放課後について考える。
放課後のイメトレだ。チャラ女達に悔しい顔をさせるのが目標だから。
手を出してくるだろうか。口でののしってくるだろうか。
どちらにしても、負ける気はない。
しかし、案の定授業が頭に入らない。
放課後、文句言ってやる。ちきしょう。
休み時間に、「絶対来いよ」とリーダーにささやかれる。
その取り巻きは目が合うたびににらみつけてくる。
そんなに私が憎いか。私は誕生日だぞ。
とうとう終礼を終え、放課後を迎える。
いつもなら真っ先に教室を出るのだが、今日はチャラ女達が先に出て行くのを待った。
その間、なんとなくユウマの顔を思い浮かべていた。
ユウマは、心配そうな顔をしていた。
教室を出て、待ち合わせ場所の廃校舎へ向かう。
廃校舎は、昇降口を出て、グラウンドを左手にまっすぐ歩いた先にある。
これぞ木造、といわんばかりの建物。
噂によると、第一教室というのはうちの高校生のラブホ代わりになっているらしい。
入り口の隣には『空室』と小さい看板がかけてあり、裏には『使用中』の文字。
こんな陰気な場所に女だけで入るなんて趣味が悪いよ、リーダーさん。
廃校舎の目の前で歩みを止める。
ひとつ、大きく深呼吸。
万が一のために、制服のポケットにはスタンガン。
こないだジョークで買ったコレを使う日が来るとは思わなかった。
教室に入ると、クラッカーが鳴り響き、目に入る飾りつけ、「お誕生日おめでとう!」と、明るい声が私を出迎えた。
なんてことは、ありえないか。
覚悟を決めて、校舎へ入る。足を踏み入れると、ミシ、と不気味な音がした。
はじめて廃校舎に入ったが、ここまで人気のないところだとは思わなかった。
それに、中に入ると外の音がほとんど聞こえない。
なるほど、ラブホ代わりになるわけだ。
心なしか歩幅を狭めた甲斐もむなしく、第一教室の目の前にたどりつく。
もう一度、深呼吸。
スタンガンを素早くとりだすイメトレ。
ドアを開け、中に入る。
そこには、誰もいなかった。
あっけにとられていると、後ろから声が聞こえた。
「やっほ、ちゃんと来たね。えらいえらい」
そう言って私の入ってきた入り口に立つリーダー。
一体どこに隠れていたんだ。
後ろに目配せをして、教室に入ってくる。
取り巻きが一人、二人。合計三人か。
いや。
それに続いてガラの悪い男の姿が見えた。
一人、二人、三人……四人。
全員教室にはいったところで、四人目の男が丁寧にドアをしめた。
カチャ、と鍵をかける音。
「これ、どういうことかわかるよね、エーコちゃん?」
愉快そうにしゃべるリーダー。
密室の中に私と、私を嫌ってる女達と、私をイヤらしい目つきで見回す男四人。
あー。これ、大ピンチだ。今さら、ここに来たことを後悔する。
心臓がドクドクいってるのがわかる。無意識に後ずさり。
スタンガン。スタンガン出さなきゃ。
震える手でポケットから取り出す。スイッチをいれ、相手にかざす。
バチバチ。案外頼りない音。
「やっちゃっていいよ」
私の姿を鼻で笑って、リーダーは男達に促した。
ニヤニヤしながら近づいてくる。
先頭の男が急に動きを速めて、私に襲い掛かった。
真っ先につかまれるスタンガンを持った右手の手首。
やっぱ、力じゃ男にかなわないか。
男達が私の体を触ってくる。服を脱がそうとする。
気持ち悪い。やめろ。触るな。
叫びたいが、声がでない。
プルルルル……
私の携帯の着信が鳴った。
直後に複数の携帯の着信が鳴り響く。
この部屋のすべての人の携帯に電話がかかる、異様な光景。
最初に電話にでるリーダー。ヒッ!という悲鳴とともに携帯を投げ捨てた。
私の事を忘れたかのようにざわめきだす取り巻きと男達。
みんな電話に出ると、同じように悲鳴をあげる。
このわけのわからない状況を頭で整理できないでいると、廊下から複数の足音が聞こえた。
「おい、ドアを開けなさい!」
強くドアをたたく音とともに聞こえてきた声は、私の担任の声だった。
安堵のため息をついてから、私も電話にでる。
――ヴヴヴヴヴアアアアアアアアアアアアアアアア
この世のものとは思えないおぞましい叫び。
おぞましい叫びを発する、ユウマの声だった。