【短編】海に降る雪



 その日の夜、私がベッドに入ったのを見計らったように電話がかかってきた。



 『もしもし。今日、神社行ったの?』

 「うん、あんたが電話切ったせいで頭おかしい子みたいな目で見られちゃった」

 『はー。ちょっとひどくね?』

 「ほら、あたしって意外に信仰深いから。成仏しないと悪霊になっちゃうって聞くし」

 『そうじゃなくてさ。
 死んだはずの彼氏と話ができるって状況、もうちょっと喜んでくれると思ってた』

 「それはうれしいけどさ」




 嘘をついた。


 今、ユウマと話して感じるのは、幽霊としゃべっているという好奇心だけ。


 元々、ひんぱんに電話をするような付き合い方じゃなかったし。


 恋する乙女の甘酸っぱい気持ちがわかないことに、自分でも嫌悪感を感じる。



 なんでなんだろう。私ってやっぱりズレてるのかな。





 「そういえば、どうやって電話かけてるの?」 

 『自分でもわかんない。なんつーか、ハッ! って念じるというか』

 「へー。幽霊も大変ね。他の番号にはかけてみた?」

 『ん……いや。エーコの携帯にしかかけられないみたい。
 ほら、やっぱ思いが通じ合ったんだよ俺たち』

 「そっかー」

 『あのさ。クサい台詞スルーされると恥ずかしいって事、知ってる?』

 「私のこういうトコが好きなんでしょ、あんたは」


 ガラにもないことを言ってしまった。




 生前、いや私と付き合う前かな、ユウマはそこそこ浮き名をとどろかせた女たらしだったらしい。


 たしかに容姿はなかなかのものだから、女がなびくのもわかる。


 泣かせた女も数知れず、みたいな。


 私の一番嫌いなタイプ。というか、接点はないだろうと思ってた。


 私に目をつけたのも、最初はカタブツの女もいいかな、という気持ちだったらしい。ムカつく。



 初めての会話は、





 「俺と付き合わない?」「死んで」





 その後しばらく男子が近寄らなかったのは、きっとそういうことだろう。


 告白を受け入れたのは五回目の時。




 その時の告白の台詞は、






 「お願いします。付き合えなかったら死にます」






 あまりの情けなさにOKしてしまってからは、主導権は常に私。


 女たらしをいいように振り回す私、カッコイイ。


 でも、付き合ってみたら意外といいやつでウマも合った。


 他の男が寄り付かないという特典付き。


 けど好きって感情があるかどうか、自信ない。







 『おまえさ、いじめられたりしてない?』



 ボケっと考え事をしていると、ユウマは唐突に聞いてきた。


 「この私がいじめに遭うとでも?」

 『おまえ結構、敵作るタイプだろ』

 「たしかに成績優秀・容姿端麗の私に嫉妬する女はたくさんいるわね」


 スポーツ万能、これも追加で。


 『いちいち鼻につくなオイ。でも、気をつけろよ』

 「うん……わかったよ」




 ユウマの言葉は響いた。


 自分なりに学校には馴染んでたつもりだけど。


 死んだ人間に心配されるほど浮いた存在なんだろうか。


 だとしたらちょっと、ショックだ。




 「ごめん、眠いからそろそろ」

 『わかった、おやすみ。また明日、かけていいかな?』





 うん、と返事をして電話を切った。




――また明日、かけていいかな?



 さりげない言葉だったけど、なぜかちょっとうれしかった。



 ふと、こちらからかけてみようと試みたけど、電話はつながらなかった。



 翌日の朝。



 起きてすぐ行ったことは、携帯のチェック。





 着信履歴ナシ。


 ま、そうだよね。





 学校へ行く電車の中、携帯が震えた。


 急いで携帯をとりだし、画面を確認。





 『エーコ、今日は学校来るの?』





 友人からのメールだった。


 ちょっとため息をついた。なんかごめん、友人よ。




 行くよ、と三文字で返信。




 この友人はお節介焼きで、まだそんな仲がよくなかった頃に、



 マナーモードなんてババくさいよ。

 絵文字くらい使いなよ。



 と、ありがたいアドバイスをくれたことがある。


 それに対して、電車内で当たり前のように着信を鳴らす非常識さと、絵文字を使わない合理性をこんこんと説教してさしあげた。



 まあ、そのあと、


 お節介焼きは私だ


と気付いたわけだが。


 学校へ着くと、なんか違和感。


 その正体はたぶん、みんなの妙に優しい視線だ。


 先生も昨日学校を休んだ理由を聞いてこない。


 友人達も、彼氏の話題を避けてる。




 がんばれよ、早く立ち直れよ、というメッセージはよく伝わってくる。


 うれしいけど、ちょっとこそばゆい。





 死んだ彼氏と電話してる、って言うとどんな反応するかな。



 よし、言ってやろうか。と思ったが、

 強烈な同情ビームと精神病院への招待状をもらえそうだから、やめておいた。




 それにしても、三日たつとみんな、同級生が死んだことなんて忘れたかのよう。


 いつもどおりの普通の教室。


 あの日の涙は偽者だったのかよ。


 すこしイラついてしまった理由が、


 形だけの涙を流す友人達に対してか、
 ユウマの死をもっと悲しんでほしいと思う気持ちからか、


 どちらかはわからなかった。






 昼休みに入ると、後ろから声をかけられた。


 「やっほ、鉄の女」


 振り返らずとも声でわかる。


 クラスでも特に私を嫌ってる、チャラチャラ女グループ(命名・私)のリーダー。


 私のネーミングセンスが古臭いのは、気にしないでほしい。


 ていうかなによ。鉄の女って。





 「あんた、陰で鉄の女って呼ばれてるんだよ」


 いや、聞いてない、聞いてないから。心を読むな。




 「クールだもんねー。死んだ彼氏も浮かばれないね」



 その言葉に少しカチンときて、



 「用件は?」



 不機嫌そうにいってしまった。落ち着け、私。




 「はい、あたしからのラブレター。一人でよんでね」


 そういって手紙を渡して、足早に教室を出て行った。




 ほほう、このご時世にラブレターですか。


 ラブレターにしてはかわいい柄とかなくて、質素だな。


 あ、よくみるとご丁寧にドクロマークが。斬新すぎるだろ。


 中の便箋をとりだす。






 ――明日の放課後、廃校舎の第一教室に来い







 彼女のラブレターは、口調も斬新だった。


 「ちょっと、大丈夫だった?」


 その様子を見ていた友人が心配そうに声をかけてくれる。


 平気だよ、と返す。けど。




 明日は私の誕生日だ。




 なにか陰湿な企みを持っているに違いない。


 どんな誕生日プレゼントを用意しているのか、楽しみだ。




 教室の外に目をやると、さっきのリーダーと目が合った。


 グループの取り巻き達と、こっちを見てコソコソ話してる。


 イヤらしい笑い方。





 そんなに真剣にプレゼント考えてくれて、うれしいよ。





 そう思う私の手は、震えてる。



 楽天的に考えて自分をごまかしてるけど、実は怖かった。


 家に帰る。部活をしていない私の下校時間は早い。


 

 ユウマが死んでから、携帯をいじる頻度が増えた。


 正確には「幽霊」と電話をするようになってから。



 普段、学校で無意味に携帯をいじる子達、こんな気持ちだったのかな。


 ユウマからの電話が待ち遠しい。


 ユウマが死ぬ前はこんな風に感じたことなかったのになあ。





 プルル ピッ




 着信を聞くと、自分でも笑ってしまうくらいの反射神経で電話に出る。





 「もしもし」


 『はやっ! そんなに電話が待ち遠しかった?』


 しまった。ユウマに気持ちを悟られてしまったのが恥ずかしい。



 もっとも、ユウマの口調はからかい半分だったが。




 「いや、偶然携帯いじってたから」


 『あ、そう。学校、どうだった?』




 用事ないのかよ。

 いつもならきっとそう思ってた。




 「ぼちぼちかな。みんなあんたのこともう忘れちゃったみたいよ」

 『ひでぇ! そういう報告いらなくね?』

 「ま、これで心おきなく成仏できるし。よかったね」

 『本当相変わらずだな。それに俺はまだ成仏できないんだよ』

 「え、なんで?」

 『あ、いや、なんでもない』



 こいつ。なにか隠しているな。


 『いじめにはあってない?』

 「しつこいよ。あ、でもラブレターもらったよ。」

 『だ、誰から?』



 驚いてる驚いてる。いい反応してくれるなあ。



 「私を一番嫌いな女子から。『明日の放課後、廃校舎の第一教室に来い』だってさ」

 『ああ……なんだ男じゃないのか。それ、行かないほうがいいと思う』

 「そうだけど、後々面倒になるのもイヤだしさ。ま、大丈夫でしょ」

 『大丈夫じゃないよ! い、いや、わざわざ行くこと無いって』



 やけに必死だな。必死な男は嫌われるぞ、ユウマ。



 「そんなにいうならやめておくよ」

 『それならよかった』



 ま、行くけどね。

【短編】海に降る雪

を読み込んでいます