熱狂する階下のフロアを横目で見ながら、この店のオーナー・喜多川万里は、人というよりは人に似せた作り物のような表情を少うしだけゆがめて、来客の話を聞いていた。


「てっきり、めありがヘマしたかと思ったよ」

「どうして?」

「なかなか、遺体発見の連絡がなかったじゃないか。そうこうするうちに家族から捜索願は出されるし。あんなオフィス街のビルのすき間なんて人目につきやすいところで、遺体が見つからないって、変だろ? かといって『ここで人が死んでます』なんてタレこむわけにもいかないし」

「都会っていうものは、そんなもんだよ。悪臭も、カラスとかネコが死んだとしか思ってなかったようだし、めありが放り込んだあのビルの隙間は、ゴミの投棄場にもなってたそうだから」

「はぁ、人情紙吹雪ですなぁ。おそろしや、おそろしや」

「どの口が言うんだか・・・・・・」

来客は、出されたコーヒーに口をつけて、苦笑いをする。

めありのショーは終わったらしい。

観客がもう一度、もう一度、とステージにむかって叫ぶのが聞こえる。
 
喜多川は、階下のフロアチーフに電話をかけ、めありを衣装替えさせて、もう一度ステージに立たせるよう指示した。

その後身支度を整えて、オーナー室にこさせるように、とも。


「ところで、新しい仕事の依頼なんだけど。これを彼女にやらせるのか?」

喜多川が電話をかけている背中に、客は心配そうな声をかけた。

「ああ、簡単な仕事だ。獲物はほぼ廃人、依頼主は俺のお得意様、計画実行場所は俺の家。確かに今まで相手にしていた自殺志望者とは違うが、リスクは今までより段違いに少ない」

「そうじゃなくて、殺す相手がどういう人間か、ってことだよ」

「わかってるさ」

「君の手駒は、めあり一人じゃないだろう」

「そうだ。でも、これはめありにやらせるんだ。もう決めた」

客はほとほとあきれた顔で、喜多川の、ガラスを埋め込んだかのような感情のない瞳を見た。

「君は・・・・・・というより、アンヌ・マリィ、は敵に回したくないな」

「いやいや、俺も所詮は使いっぱだよ」


そういって彼は、大げさに笑うフリをした。