二人が出会ってから、一年という月日を迎えようとしていた。
「また暑い夏が来るね」
壁面キャンバスに大空を色付けながら、怜樹は、魅麗に話しかけた。
「そうね。私は、去年初めてパリに来たから、初めてのパリの夏を体験したのだけど、今年は、なんだか昔から此処にいる気分」
そよ風に髪を揺られながら、魅麗は、涼しげな顔で答えた。
「そっか。じゃあ、パリにも馴染んだ事だし、このまま一緒にいる?」
「え?」
「冗談。魅麗は、もうすぐ日本に帰るんだよね」
「うん…。日本に帰って、お店を出そうと思う。パリも好きだけど、日本人だから、やっぱり、日本がいいわ」
「うん。何処に出すの?」
「東京の郊外。家の近くに出すわ」
「魅麗なら、できるよ。商売繁盛だね」
「ありがとう」
怜樹は、再び黙って絵を描きだした。大空と、雄大にそびえたつ一本の大木と可愛らしい木の実、その周りで、優雅に冴えずる小鳥達と色とりどりの花たち、そして、ゆっくりと流れる川のせせらぎの壁画。魅麗は、体いっぱいで描いている怜樹の後ろ姿を、そっと見つめた。
「一緒ににいる、か…。冗談、ね…」
このまま、ずっと一緒にいられたら、どんなに幸せだろう。でも、怜樹にも夢があるのを知っている魅麗は、そんな事、言えるはずもなかった。唯一の画家となる怜樹。別世界の人。彼の邪魔はできないと、魅麗は強く思った。それと同時に、自分は、もう既に、怜樹をこんなにも愛しいと、愛している事を思い知った。凱旋門の路地裏で、洗練され一際目立つ彼に目を奪われた時から、この気持ちは始まっていた。そして、彼の顔立ち、彼の仕草、彼の優雅さ、彼の描く絵、彼の作り出す色彩。何もかもが、思い出となる。
『ありがとう』
魅麗は、怜樹へと、心の中で呟いた。
「ありがとう」
「え?」
突然、怜樹は振り向き、お礼を言ったので、魅麗は、凄く驚いた。
「私、今、怜樹に、心の中で『ありがとう』って言ったの」
「へぇー。声に出して言ってくれよぉ。でも、云心伝心だね」
「そだね……。ありがとう…」
魅麗は、そう言ってうつ向いた。なんだか、涙が出そうだった。