「?…、こんにちわ」

怜樹は、見知らぬ老人だったが、声をかけられたので、会釈交じりに挨拶をした。

見知らぬ老人は、小柄で、白髪頭に真っ白な長い顎鬚を伸ばした風貌をしていて、後ろで手を組み、目を細めて、怜樹を見ながら微笑んでいる。

見知らぬ老人なので、怜樹は、特に、交わす言葉も見つからずにいた。

そんな怜樹に、老人は、話かけてきた。

「最近越してきた、絵描きさんじゃの?」

「僕のこと、知ってるのですか?」

「いや、知らん」

「へっ?」

怜樹は、ズッコケそうになる。見知らぬ老人が、怜樹に【絵描きさん】と言ったので、画家の美咲 怜樹だと知ってのことかと、怜樹は思ったからだった。

「真っ白な家が立ち始めたからな、また、新しい住人がやってきたな、と思ったんじゃよ」

「あぁそうでしたか。御挨拶が遅れました。新しく越して来ました。美咲と申します」

怜樹は、見知らぬ老人に、改めて、挨拶をした。

「ええよええよ。堅苦しい挨拶は抜きじゃ。わしは、ようせん」

老人は、目を細めて微笑みながら、砂浜に腰をおろした。
年上の人が座ったのに、横でつっ立って見下ろす形になるのも差し支えるので、怜樹も、腰をおろした。

「それにしても、絵が上手じゃのう」

老人は、壁画を見上げながら感心している。

「ありがとうございます」

「反対の壁には、エッフェル塔が描いてあるな」

「御存じですか」

「知っておるぞ」

老人は、微笑んで、得意げに言った。

「わしも好きじゃよ。昔は、パリにも行った」

「そうですか」

怜樹は、パリの話に心が躍る。

「僕も、パリが好きなんです。四年前まで住んでいまして、今でも鮮明に覚えている、思い出のエッフェル塔を、壁画に描きました。高さは、低いですけどね」

怜樹は、苦笑い気味に微笑む。

「高さ、三百十メートル。フランス革命百周年の記念に開かれた、万博のときに、建てられたのじゃ」

老人は、自身満々な言い方で、語り口で言う。

「そうでしたね」

「まだまだ、記憶はしっかりしておるぞ」

「はい、まだまだ、お若いですよ」

老人は、高笑いをした。