怜樹は、自分の絵の世界に入り込んで、魅麗の肖像画を描いていた。想像を広げ、怜樹独自の綺麗な色彩をのせていく。絵に息吹をそそぐ。
どれくらいの時間が流れただろう。
気が付くと、魅麗は、眠っていた。揺り椅子に体を委ね、すやすやと安らかに眠っていた。
「眠りの森の美女だな」
怜樹は、ひとり呟いた。心地よさそうに眠っている魅麗を眺めながら、怜樹は、魅麗との、いろんな事を思い出した。
出会った日の事。立ち尽くして絵を見つめていた、魅麗の姿。初めて手を繋いだ日。薄灯りに浮かんだ美しい横顔。パリの街で、大好きな雑貨を見つけては、子どもの様にはしゃいだ魅麗の姿。真剣に勉強をする、魅麗の顔。窓辺で本を読んでいる時の、大人な仕草。何度もあった、思わず見とれてしまった、瞬間……。怜樹は、魅麗と初めて出会った時から、魅麗のひとつひとつを忘れた事はなかった。
「何で……、こんなにも、鮮明に覚えているのだろう………」
怜樹は、いつのまにか、魅麗が自分にとって、かけがえのない存在となっていた事を思い知らされた。すると、その途端、涙が込みあげてきた。そして、とめどなく溢れた。
「どうしたんだ、僕は…」
怜樹は、必死に涙を拭う。
「魅麗が日本へ帰る事が…、僕の側からいなくなる事が、……寂しいのか…?………そんなに、………、寂しいのか………」
怜樹は、愕然とした。初めて気付いた自分の気持ちに、愕然とした。
「魅麗…………」
言葉が続かなかった。怜樹は、愛している事に気付いた。言葉では言い表せないほどに、強く、深く……。
こんなにも涙が溢れた事は、今までなかった。怜樹は、明るく、あっけらかんとした性格だったので、こんな事は、初めてで、自分でも、凄く驚いた。涙は、容赦なく、とめどなく溢れてくる。
「こんなにも、人は泣けるものなのか…」
怜樹は、初めて、ひとりの女性を想いながら、男泣きをした。