やっぱ、こんな状況で話せるわけがないし。

帰ろうかな。


そう思った時だった。


膨れた顔を仁に向けると、
カウンター席に座る女性と親しげに話す仁の姿が目に入った。



え……誰?



あたしと千恵以外、
優しく笑って話す仁を見たことがなかったから驚いた。


少し照れたり、
その女性の頭を軽く叩いたり。

その人はお客さんだよね。


お客さんに、そんな事する?

そんなサービスまでしてるの?



だけど、それは特別な事だってのに気がつくのに時間はかからなかった。



他のお客さんにはしてない。

その女性にだけだ。



何を話しているかまでは聞こえない。

だけど楽しそうにしてるのだけは、わかる。


帰る女性を、ドアのところまで見送った仁が小さく手を振ったのを見てしまった。


その姿を見てるだけで胸が苦しくなって、
カップを持つ手が震えた。