それでも、仁はあたしを見ない。
「あ、山北さんも幹事なんだ」
ねぇ、仁。
こっち向いてよ。
「それから……」
「綾さん」
その声は、とてつもなく低くて。
とてつもなく恐かった。
「明日も仕事やろ? 俺、帰るな……」
やっと目が合ったと思ったら、帰る?
「……何で?」
掠れた声に、仁は何の反応もしない。
ただ無言で、あたしの掴んでいた腕を放し。
バイクにかけられたメットを被る。
「……帰るわ」
ボソッと呟いた声に、
あたしは何の言葉も返せない。
いつもなら帰る時にしてくれる、
キスすらない。
「……ごめんね?
気をつけてね」
「ん……」
哀しく笑った仁の手が頭を撫でる。
そして、哀しいくらいにあたしの耳に残るバイクの音。