「理解かればよろしい」
彼ら二人を
他人事のように眺めなから
彼はむしろ感心していた。
名字と性格が
最も似合う女だ、と。
帝 波津(ミカド ナツ)。
名前は漢字二字を
入れ換えれば
“津波”
このネームを付けた人は
ある意味で彼女の
将来像が見えていたのかも
しれなかった。
少し
“デキてる説”
のある二人を見ずに
栫 徳重(ゼン トクシゲ)は
再びB棟に向けた。
ピアノの音は聴こえない。
もう帰ったのだろうか。
「栫っ!!」
現場監督の
帝 波津が怒鳴った。
四音から
聞こえるピアノ曲は
“キラキラ星”へー…
柊荘司がアレンジして
和音を多用したものだ。
そしてそれは
やがて伴奏曲に
移り変わっていった。
十二月をもう目の前に
控えていた。
四音で。
「俺らのクラス
少しは形に
なってきたみたい。
かなり出遅れだけど」
突然、柊荘司は語った。
確かに課題曲だけなら
ようやく伴奏も
形は見えてきた。
菜野花がわずかに
自信を持てるくらいには。
だから?
彼女の物問いだけな
視線に彼は
微笑みすら浮かべた。
「クラスに発表とか
お披露目しよう。伴奏」
「……え"っ?」
思わず蛙の
潰れるような声で反応し
“いやまだ未完成でしょ”
と続けようとした言葉を
何とか飲み込んだ。
何だかんだ言っても
コンクールまで
一ヶ月を切った。
早く合わせなければ
ならないのは
菜野花も分かっていた。
彼の顔は余裕で
涼しげだったが
同時にもっと深い不安が
あることを知った。
ここまで
レッスンしてくれたことを
感謝しなくては。
「…そうデスネ」
「どうしたの?
顔色悪い」
「そんなことない」
ピアノを少しはまともに
弾けるようになり
初めて、先生…
柊以外の人に
聴いてもらうという現実は
菜野花の胸を重くのしかかる。