音楽関係の職に働ける
両親を改めて
羨ましく思った。
私も自由に表現したい。
ー…伝えたい音があるのに。
それがとてつもなく遠い。
だから
羨んでしまうのだろうか。
「俺が指名していい?
レッスンすんなら
面倒だし」
柊荘司からの提案に
苦情は誰からもない。
無言の承諾。
柊荘司は静かに歩き
おそらく自分が
指名した人の前へ行く。
「よろしく岬さん」
岬さん…
つまり
「ー…私?」
私、岬 菜野花(ミサキ ナノカ)を
あろうことか指名した。
「ちょっ…
どこ行く気?」
放課後、
鞄を背負った途端に
柊荘司につかまった。
校内のA・B・Cと棟が
あるうちの本館A棟から
一番新しいC棟より離れた。
つまりB棟の階段を上る。
来るのは初めてだが
三階は知っている教室がある。
“四音”
グランドピアノのある
空き教室。
柊荘司は何故か鍵を
ポケットから取り出し
開けた。
目で入れと示す。
…嫌な予感がした。
でも、
ここまでノコノコ来て
帰りにくいのも事実だった。
窓の外はカラカラに
空気が乾燥してるのに
ここは湿っていた。
開けたドアを閉め
柊荘司は慣れた手つきで
イスを出し、座った。
逃げ損ねた上
同意もなしに
連行されたのに
放置されたのは
あんまりだと思った。
ここへ連れて来たのは
朝の学級会での
あの話だと薄々感じていた。
だからあえて聞く。
「私を選んだ理由は?
何が決定的な理由を
三十字以内で」
「“岬 菜野花の両親が
音楽家で遺伝を
期待したから”。
本音じゃないけど…」
やっぱり。
私は思わず脱力した。
この人も
“外見”“環境”で
人を見るのか。
でも、少し引っ掛かる
言葉もあった。
本音とは何だろう。
私の心境を悟ったか
柊荘司が口を開いた。
「本音は…まぁ
音楽が好きなんだろう?
同士は応援すべきってのが
理由かな。」
人を見ているのか
見ていないのか
よくわからない人だ。