「田辺さん」

私は看護師さんの名前を呼んだ。
一ヶ月も入院してると、孫みたいな彼女とも話しをするようになっていたから。

「あっ奥さん。こんにちわ。今、古島さんの点滴が終わった所なんですよ」

「いつもありがとう」

「いいえー、仕事ですからね」

愛嬌ある笑顔で答える彼女を私も好きだったし、夫も気に入っていた。

「今日は古島さん、体調良さそうですよ。やっぱり奥さんに会えると嬉しいからですかねー?」

「ハハハ…毎回小言を言われるのが怖くて緊張するんですよ」

「何言ってんですかー!ちゃんと来てくれるんだから愛がある証拠ですよ」

「恨みごとならあると思いますよ」

田辺さんの言葉に夫は冗談とも本気とも取れる返事をして笑っていた。

「恨みごとがあったらこんなにマメに来ませんよー。じゃあまた後で様子見に来ますね」

私は少しドキンとしながら、部屋を出る田辺さんに軽く頭を下げた。

恨みごと…か。

案外、夫も
何もかも知っていたのかもしれないわね。

知ってて…黙っていたのかしらね。
確かに不満はたくさんあったわ…

だけど人生が終わる夫に言うことではない。

私達は終わりにふさわしい会話すらしなかった。