『312:古島 五郎』
病室のドアの所に書かれた夫の名前を見て、私はため息をついた。
…入院して、もう一ヶ月だわ。
肺癌と診断された夫の病状はすでに末期。
それでも70歳にもなれば進行も遅くて、闘病生活も長期に渡っていた。
はぁ…
また、ため息。
子供達と交代で病院に来ているけれど…さすがに疲れたわ。
だけど『もう死ねばいいのに』とは思わない。でも正直、看病と病院通いに少し疲れたのよ…
私は病室には入らずに身体の向きを変えて、病院の外へと向かった。
そのまま庭に出て、暖かい日射しの下をのんびり歩いた。
途中ベンチに座って、同じように散歩してる入院患者を何気なく見ていた。
──そういえば、夫は先日なにも言わずに出掛けたわよね。
ドコに言ったかは聞かなかったけど、何してたのかしら…
その外出のせいかどうかはわからないけれど、翌日から体調を崩して入院になったのよね。
いつまで続くのかしら?こんな生活…
最期まで、夫には振り回されっぱなしだったような気がするわ。
夫に対しての愚痴や不満が顔を覗かせると
いつもあの人を思い出すわ。
かつて不倫相手だった彼のことを。