「肺癌?」

彼女は驚いた顔を見せたが…私は話しを続けた。

「もう末期だ。今日もこっそり家を抜け出してきた。帰ったら…妻に呆れられるだろうな。

最後の最期にまで彼女には苦労させっぱなしだ。最期も…彼女に私を看取らせなきゃならない。

自分が死ぬ事よりも、それが苦痛なんだ…なんて、彼女は案外ホッとするかもしれないがね」

「でも…奥様は最期まで貴方の妻でいる事を選択したんじゃない?愛してなきゃ…」

「お嬢さん、愛が無くてもね…大人になれば妥協や諦めを知るし、理不尽な選択をしなきゃならない事もあるんですよ。

彼女は選んだんじゃない…諦めたんだ」

「そんな…」

「その選択が正しいかどうか…多分、死ぬ時に理解するでしょうね。
私の選択は正しかったと思いたい…ただ」

「ただ?」

「彼女に言葉をかけてやらなかった事を後悔している」

「言葉?」

「'愛してる'って事。言わなくても分かっているだろうと思っていたのは

私の傲慢であり思い込みだったんだな…彼女とは子供が生まれてから身体の交わりを持ってないんだ」

「SEXレスって事?」

「今じゃそう言うらしいね…そう。私は彼女にずっと否定され続けたんだ」