数時間前。
心躍らせホテルのラウンジに、買ったばかりのワンピースで化粧を施し髪を整えた南條舞の姿があった。
その日は、恋人の塩谷涼に誘われて、プレオープンのフレンチレストランに招待されての待ち合わせだった。

「遅いな涼!」
バッグから時計を出して時間を気にしている舞。
すると、携帯が鳴った。
「はい。」
「舞!ごめん!会社でトラブルがあって、今夜は行けそうに無いんだ。」
「エッ!・・・そう。でも、仕事なら仕方ないね。
うん。気にしなくて良いから、仕事頑張って。」
「怒らないの?」
「怒る?まさか。こう見えても私だって職業婦人。男性が仕事でトラブルを抱えた時がどんなに大変か知ってます。」
「すまない。俺はこの上なく素敵な恋人に恵まれた。
この埋め合わせは、何倍にもして返すから。」
「うん。でも、気にしなくて良いから。涼にはスゴク大切にして貰っているから。」
「ありがとう。
アッ!ごめん催促されてる。じゃあ・・・明日は無理だけど、明後日には連絡するから!」
「うん。」

約束のデートは取り止めになった。
塩谷涼は、塩谷商事の長男。何れその会社を背負う人間。
1年前大学を卒業。今は父親の下で後継者になるべく勉強中の身。課長と言う名の役職に就いている。

学生の頃からシバシバ父に付き添い、宴席や海外にも伴なっていたせいか、就職したてと言う様には思えない仕事振りで1年目から能力を発揮していた。
物腰の柔らかさから人望もあり、甘いマスクで女子社員にも羨望の眼差しを注がれている。
親族が役員で多くを占める会社の人事。中には面白くなく思う者がいないとは言い切れないが、その中でも涼はその姿勢を高く評価される子息と言えた。