「おはよう、ござい……ます?」


男子生徒のネクタイの色は青。

青は確か……三年生だったはずだ、と女子生徒は記憶を手繰り寄せる。

その怪訝そうな顔については微塵も触れず、男子生徒は笑った。


「凄いね、見てたよー。上級生を全部無視しちゃって。入る部活決めてるのに勧誘される、とかだったらダミーでラケットでも担いでるといいよ」


「はぁ、どうも」


いまいち親切なのか嫌味なのか分からない助言をしてきた男子生徒は、様子を窺うように周りをちらちらと伺った後、小声で尋ねる


「陣野さん、か……ところでなんだけど、どの部活入るか決めてあるの?」


陣野と呼ばれた女子生徒は、自分の胸元に目をやった。

そこにあるのは、真新しい名札と、そこに書かれた自分の苗字。


そしてふと、ひとつのことを思い出す。


「……ここって勧誘活動禁止じゃありませんでしたっけ」


「うん、確かにそうだね。でも俺これ勧誘してるつもりはないよ。ただの雑談だし」


男子生徒は悪びれることもなく答えた。



――勧誘目的でもなく、一人で一年生に『ただの雑談』で声をかけるだろうか?



危険人物である、という答えを弾き出す。

不審と判断するに、男子生徒の行動は充分すぎた。

女子生徒は少しだけ早口になった。


「……部活はまだ、決めてません。それじゃ私、このへんで……」


「ぶっちゃけ入りたくないんでしょ?」


踵を返しかけた足が止まる。

思わずまた男子生徒のほうに顔を向けると、彼は少しだけ企んだような表情を浮かべて薄く笑っていた。