辛い、今にも泣き出しそうなくらいに。

雪夢の母さんが先に病室にはいる。

「雪夢、」

雪夢はどこかぎこちない笑顔を自分の母親に向ける。明らかに、血の繋がった母親に向ける顔ではなかった。虚無感と現実が俺を飲み込み、暗闇へと押し込もうとする。

ぐっと唇を噛み締め拳を握り、逃げ出しそうになる足を踏ん張らせた。

「え、と、千秋さん…」

「えぇ、」

千秋とは、雪夢の母さんの名前だ。千秋さんは雪夢の怯えを少しだけ含んだ顔を見て、傷ついたような、諦めきったような顔をして俺たちの方を見た。

雪夢の座り込んだベッドの、彼女の膝の上には深い緑の色をした手帳。大切そうに握りしめる、華奢で真白な細い指。

「あっ、と、トウイ、さん…」

どきりとした。ありもしない希望にすがり付いてしまった。彼女が俺の名前を知っているのは、さっき会ったからだ。

不安そうに顔をおどおどと歪める雪夢を見て、雪夢のこんな顔は、生まれて初めて見るな、と考えていた。それに傷つく。雪夢はいつだって俺を柔らかく、まるで姉のようにまっすぐ見つめていた。

でも、俺は笑う。

「あぁ、井川冬威だ。こっちが和井田華月」

ゆっくりと歩み寄っていく。

緑の手帳を握る右手が微かに震えた。

「こんにちは、魚井雪夢さん」

手をさしのべた。

雪夢はビックリしたように目を見開いて、それから

愛想笑いを浮かべて俺の手を握りしめた。

その掌は、柔らかく、生暖かかった。

馬鹿みたいに胸が震えた。