あの夏を生きた君へ







彼は、どんな気持ちで見ていたんだろう。


大人になっていくばあちゃんを。


じいちゃんと結婚したばあちゃんを。


お母さんになったばあちゃんを。


歳を重ねて、ばあちゃんになっていったばあちゃんを。


どんな気持ちで…。




それを思ったら、胸が張り裂けそうになった。





あたしには、きっと多分理解できないくらい切なかったはずだ。


いっぱい後悔したはずだ。


羨ましいと思うことだってあったかもしれない。




でも、それでも、彼はずっとばあちゃんの傍にいて、ばあちゃんを見ていた。

ただ、ばあちゃんに寄り添っているために。






苦しかった。

苦しくて、苦しくて、何であたしがこんなに苦しいのか分からなかったけど苦しくて。



あたしの悩みなんて、彼やばあちゃんの思いに比べたら大したことじゃないって思った。

自分がどれだけ恵まれてんのかって改めて気づかされる。










もうずっと泣きっぱなしのあたしの涙腺は完全に崩壊してた。


しゃくり上げるあたしの横で、彼が笑う。


「いつから、そんなに泣き虫になったんだ?」


「ひっ…ふ…煩い。」



文句を言ったのに彼はクスリと微笑して、

「でも、ありがとう。」

と、言う。


“ありがとう”なんて言葉、あたしは久しぶりに聞いた気がした。







「…辛くなかった?」


「僕は、幸せだったよ。あの家で、恵やちづが大きくなっていくのを見ていると、僕まで幸せな気持ちになった。
ちづが生まれた時も本当に嬉しかった。」


懐かしそうにそう言って、打ち上がる花火を眺めてる。




彼は、ばあちゃんのことが好きだったんだ。


ばあちゃんも、彼のことが好きだった。


でも、二人が結ばれることはなかった。





彼とばあちゃんを思うと、あたしまで胸が痛い。

そして同時に、切なさや悲しみが溢れてくる。



彼の瞳には、今も、昔も、これからも、ばあちゃんしか映らない。















「…あたし、絶対見つけるから!宝物見つけてみせるから!」


あたしは涙を拭いながら言った。


どこかでテキトーに考えてた自分を、捨てる。

本気で頑張るから。



「ありがとう。」


彼が笑う、その度にあたしの心は泣きたくなる。



もう、分かっていた。

自分の気持ちを知ってしまう、こんなタイミングで。





「…アンタ、名前は?」


今更な質問だとは思う。
ここまで名前も知らずにいた自分に呆れる。




「ユキオ。」


「え?」


「羽村幸生(ハムラ・ユキオ)。」



初めて聞く名前を、あたしはゆっくりと心の中で呟いてみる。




「『ユキオ』ってどういう字?」


「“幸せに生きる”。」











“幸せに生きる”…。

“幸せに生きる”と書いて、『幸生』。



その名前に込められた思い、願い。


切なすぎる。

じんわりと心に染みて、また涙が零れた。



彼はそれを見て、

「ちづは泣き虫だ。」

と、言って笑う。




その笑顔はキラキラしてて、目が離せなくなる。




あたしは、彼が好きなのだと、実感した。







「…良い名前だね。」



初めて恋に落ちた人とは結ばれない運命なのかもしれない。


あたしは、まるで他人事みたいに、そんなことを思った。

























【本当の気持ち】


















見つからなかった。


あれから一晩中、幸生の曖昧な記憶を頼りにタイムカプセルを探した。

穴を掘っては埋めて、掘っては埋めて。

泥だらけになるまで頑張ったけど、見つからなかった。




まぁ、そんな簡単に見つかるわけないか。

何かヒントでもあればなぁ…。





あたしはめちゃくちゃに疲れてたけど、不思議と嫌な気分じゃない。

朝の空気は澄んでいて清々しいと思うくらいだ。


泣きすぎたせいで目が痛いけど、それも何だか愛しい。



生まれ変わったみたいだ、と思う。

こんなに穏やかな朝があるなんて。



空の色。

陽の光。

鳥のさえずり。

緑の葉っぱ。



昨日までの自分が嘘みたいだ。





あたしは何だか可笑しくなって笑いだす。


ハミングなんかしてみたりして、生きてるってことを楽しんでみようと思う。




楽しんでみたい。













団地近くの公園まで来ると、その公園の中をウロウロとしている悠を見つけた。



こんな朝っぱらから何やってんだ、
と呑気に思ってたら、目が合うなり怖い顔でこちらに突進してくる。


「ちづっ!」


「何!?」


あたしの肩を掴んで、悠は大きな声を上げた。


「どこ行ってたんだ!?このバカ!」


「バカって!何なの!?一体!」



いつものように言い返してやるけど、悠の目があまりにも真剣だったからあたしは口をつぐむ。



すると、悠も少し冷静になったのか、力が抜けたような溜め息を吐いた。

何だか疲れてるように見える。



「…何かあったの?」


悠は頭を掻きながら、

「お前だ、お前。」

と、零す。


「は?」


「探してたんだよ、ずっと。ちづがいなくなったって聞いたから。」



ぽつりぽつりと悠は話し始めた。



「ちづのお父さんが帰ったら、ちづがいないって。夜中になっても帰らないから、俺んとこにも訪ねてきてさ。」



嘘…いつもみたいにお酒飲んで帰ってくるもんだとばかり思ってた…。











「皆で探してたんだよ。ちづのお母さんも、さっき仕事から帰ってきて探してる。」


「大騒ぎになってたり…?」


「…まぁな。」


あー…ヤバい…。

うなだれるあたしに悠は言った。


「どこ行ってたんだよ?」


「あー…色々あって…別に家出とかじゃないから!」


慌てて言うと、悠はあたしをまじまじと見つめて、

「じゃあ遭難?」

なんて言いやがる。



上から下まで泥だらけの状態だからそう思ったのか、冗談のつもりなのかは分からない。

悠は真面目な顔して言うから判断出来ないのだ。



「じゃなくて宝探し。」


「へっ?」


「…いや、何でもない。」


あたしは首を横に振って、それから思い出したように言った。


「…あ、つーかさ…心配かけてゴメン。探してくれて…ありがとう。」


「…………。」



悠は驚いた様子で、あたしを見つめたまま固まってしまった。











「…何?」


「あっ…いや…。」


「何だよ?」


「…ちづが素直だから、びっくりして…。」



何だ、それ。



でも、確かに、「ゴメン」も「ありがとう」も口にしたらむず痒かった。

あまりの言い慣れてなさに、自分でも失笑してしまいそうになる。




「何か変なもんでも食ったのか?急にどうした?」


何だと…。

軽くムカついた。
何て失礼な奴だ、このヤロー…。


「別にっ!そう思ったから言っただけ!」



急に恥ずかしくなってきて逃げるようにスタスタと歩きだすと、悠がそれを呼び止める。


「ちづ、ちょっと待て!」


「なにー?」


「アイツもさ。」


「え?」


アイツ?




「アイツも、ちづのこと探してんだよ。」