少しずつ絵の具を出して、湿った筆で端をつつく。

白、青、黒、緑、グレー……今は海の絵を描いているから、白いパレットに寒色系の色ばかりが浮かぶ。


いつも、誰もいない美術室でひとり、大きなキャンバスに向かう。


美術部って10人はいるはずなんだけど、いつも来てるのはわたしくらいなんだよね。

まぁ、個人作業だしとくに問題ないんだけど。


「あれ、来てたんですか、笠原さん」

「あ、はい」


誰もいないと思ってたのに、奥の準備室から千里(せんり)先生が出てきた。


ぼさぼさで少し長い髪の毛を後ろで結んで、いつも同じエプロンにはいろんな塗料がついている。

男の人なのにやせて雰囲気が柔らかいから、男の人っぽくない。

いかにも美術の先生、って感じ。

でもこの学校ではいちばん若い先生だから、わりと人気はあるみたい。


もちろん、美術部の顧問。


「笠原さん、それ、6月に入るまでに描きあがりますか?」

「あ、はい……多分?」

「コンテスト、出してみませんか」