「……母が、お世話になってます」
何を話したらいいか全然わからないので、とりあえず挨拶をしてみる。
「あぁ、いーのいーの、お世話なんかしてないもん、僕。噂通り、利発そうなお嬢さんだね」
「はぁ……ありがとうございます?」
大谷さんは喉が乾いたからと言ってグラスを2つ持ってきてくれた。
「でも、あの絵から受けた印象はもっと快活で素直だったんだけど」
あ、鋭い人だ。
そう言われたとたん、なぜか感じた。
直感だけど、やっぱりこの人はすごい人なのかもしれないって。
だって、絵を見ただけなのに私のこと、深くわかったような、顔してる。
いいかげんに返してもバレる気がする。
「絵を、描いてる時だけは特別なんです。白い紙とわたしの間には、何も邪魔をするものがなくて」
グラスに入った甘い香りの飲み物は、口につけるととろんと喉の奥まで落ちていく。
「ふむ」
「人間を相手にしてると、その間には絶対越えられない、壁だが溝だかがあるけど、白い紙はわたしと隔てるものがなくて」
大谷さんが静かな眼をして聞いてくれるので、話し続ける。
誰にも話したことない、気がする、こんなこと。
……あれ、全体を見ると若く見えたけど、大谷さんて意外と歳取ってる……?
「白い紙はわたしを写してくれるんです」
もう一口飲む。
ああ、これは桃の香りかな。