それは、闇夜を闊歩し。
それは、生き血を啜り。
それは、あの臭いを嫌い。
それは、日の光を恐れ。
しかし、脅威であり。
やはり、再びやって来る。
あの人外の鬼と戦う為、私は再び武器を手に取った。
姿無き吸血鬼の正体とは──

なぁぁぁんちゃって♪
だーまーさーれーたー!

※“闇夜の女王”には、嘘、大袈裟、紛らわしい、誇大妄想などが多目に含まれております。
 閲覧の際は部屋を明るくして、用法・容量を正しく守り、“吸血鬼”の正体を推理しながらお読みください。
 なお、吸血鬼ネタではありますが、グロ表現などは一切含みませんので、悪しからず。
 貴方はその呼び名から、何を連想するだろうか。
 私なら──そうだなあ、その数々の特徴の中でも、あまりの弱点の多さを挙げよう。
 曰く、日光に弱い。
 曰く、銀に弱い。
 曰く、十字架に弱い。
 曰く、ニンニクの香りに弱い。
 曰く、川などの流れる水を越えられない。
 他にも、首を切って両足の間に置けば死ぬとか、心臓に杭を打てば死ぬとか、体を焼いて川に捨てるとか、やけに生物臭いやっつけ方も含めると、それはもう無数の滅ぼし方が存在すると言える。
“ヴァンパイア”。
 勿論ヴァンパイアにまつわる伝説は世界中に存在する為、必ずしも先述の全てが正しいとは限らない。
 しかも、漫画、小説、ゲーム、映画、その他いろんなメディアを通じて都合良く脚色・曲解された設定が蔓延している為、どこまでが嘘でどこまでが本当なのか、私には皆目見当も付かない。
 それにしても、この弱点の多さ。
 これは最早、脅威とは言えなくはなかろうか。
 否。
 断じてそんな事は無い。
“吸血鬼”。
 それは、そんなに甘く、温く、緩い存在ではない。
 彼女達は現れる。
 毎年必ず現れる。
 どこからともなくやってきて、夜の街を我が物顔で闊歩し、人の生き血を啜り、そして人知れず飛び去っていくのだ。
“ヴァンパイア”。
 曰く、霧に姿を変えられる。
 曰く、太陽光を苦手とする。
 曰く、鳥や獣に変身出来る。
 空を飛ぶ。
 魔法を使う。
 鉄の武器でも傷を負わない。
 人間よりも遙かに優れた身体性能を持つ。
 そして──血を吸った者を眷属、または配下をとする呪いを持つ。
 ……なんだ、ほとんど無敵じゃない。
 確かに弱点は多いけれど、ここまで存在として強いモノならば、人間如きを相手取るにはハンディキャップにはならないだろう。
 実在するならば、恐怖すべきモノである。
 しかし、人類は奴らに滅ぼされる事などなく、それどころか我が物顔で地球の支配者を気取っている有様だ。
 彼女等は実在しないのか?
 彼女等は脅威たりえないのか?
 否。
 血を吸う鬼は、確かに存在するのだ。
 そしてそれは、脅威に他ならない。
 何故そう言い切れるかって?

 決まってるじゃない。
 私も、そして貴方も、毎年のように彼女達と戦っているのだから。
 大気を震わす轟音が響き、それに一瞬だけ先じて闇の中をまばゆい光が走って散った。
 地上には、どこからこんなに湧いてきたのかというほど大量の生き餌が、所狭しとひしめき合ってている。
 餌。
 そう、彼等は餌なのだ。
 それが万物の霊長と傲り、自らが食物連鎖のピラミッドの頂点に君臨していると本気で信じ込んでいて、自分達に天敵はいないと豪語し、実際に彼等のほとんどは何者に捕食される事も無く天寿を全うしているにも関わらず。
 しかし、やはり彼等は餌なのだ。
 被捕食者なのだ。
 その中には当然のように私も含まれていて、だからこそ私は本来ならば捕食者である敵をもっと警戒すべきだとは思うのだけれど。
 しかし私は、少し臭う魔除けの薬ではなく、普段は滅多に使わないほのかに甘く香る香水なんかを使ってしまった。
 服装だって、そうだ。
 流石に宇宙服とまではいかずとも、こんなヒラヒラした可愛らしい花柄の浴衣なんかよりも、丈夫で隙の無い服装で出歩くべきだったと、後悔せずにはいられない。
 河川敷及びその周辺。
 午後八時過ぎ。
 花火大会。
 彼氏とデート。
 ……どどん、と太鼓を叩くような豪快な音が響き、星が煌めく夜空のキャンパスに、大輪の花が咲いた。
 さっきのよりも少しだけ規模が大きく、色合いも鮮やかで綺麗。
「……由加? どうかしたか?」
「えっ? 私、何かヘンな事でもした?」
 特に心配している風でもなく隣から話し掛けてきたのは、勿論私の彼氏だ。
 私も、適当に返事を返す。
「んにゃ。でも何か心ここに在らず、って感じだったからさ」
「そう? 気のせいだよ、きっと。あ、あの屋台から何かいい匂いしない? 食べていこうよ!」
「お前なあ、もう少し俺の財布の心配を──」
「じゃあ、財布の心配だけ。中身はまだ大丈夫だよね?」
「鬼だな」
「天使だよ」
 そんな会話をしながらも、「まあいいや、俺もまだ食い足りねえし」と呟く彼氏は、私に倣って焦げたソースの香る屋台へと向かうのだった。
 バイト先の店長命令で、黒髪の短髪。
 苦笑すらどこか子供っぽい、やんちゃな笑顔。
 小物やアクセサリの収集が趣味で、今もチェーンのアクセサリを、首と腰にぶら下げてけている。
 愛用している半袖の明るい緑色のパーカーに、動き易そうな青のハーフパンツ。
 大学の二年生。
 蒼井大樹(アオイ ヒロキ)。
 同い年の、私の彼氏。
「あちち……」
 出来たてのたこ焼きをつつきながら、大樹は幸せの表情を顔全体で表現している。
 まったく呑気なものだなあと思いつつも、そうだよねと相槌を打ち、私はタコ抜き焼き(衣だけとも言う。邪道は重々承知しているけど、私はタコ焼きの匂いは好きなもののイカやタコが苦手なのだ)。を頬張った。
 香ばしい風味が口一杯に広がり、つい表情が緩んでしまうのを自覚する。
 相手に合わせてこちらは動き、こちらに合わせて相手も動く。
 なるほど。
 餅つきも会話も、もしかしたら大差ない作業なのかもしれない。
 単純な、しかし楽しい作業。
 ぺったんぺったん。
「そう言えば、さ」
「ん?」
「最近、出るんだっけな」
「……うん」
 安っぽい味にも飽き始めた頃、彼は突然に話題を切り替えてきた。
 それは、新聞やテレビを滅多に見ない大樹に、私が教えてあげた奇妙な噂。
 最近、夜になると姿を現し、人の生き血を飲んで去っていくナニカが出没している、という噂。
 ──吸血鬼の噂。
「犠牲者は多いんだって、結構。テレビでも言ってたよ」
「マジか。ヴァンパイアね……正直、信じられないな。現実感が無さ過ぎる」
 とは言いながらも、犯人はどんな奴だろうとか、吸われた奴はどうなったとか、大樹はぶつぶつと独り言を呟きながら、大真面目に考え込んでいる。
 無論、私はヴァンパイアの存在なんて信じてはいない。
 それはあくまでも架空の怪物であり、人間の心が生み出した空想の産物だからだ。
 言ってみれば、神や悪魔、宇宙人やツチノコなんかと同類なのである。
 実在するかもしれないけれど、それを証明する事は出来ない──そういう物。
 けれど私は一生懸命に頭を捻っている大樹を見るのが楽しくて、つい話に乗ってしまった。
「そうだ! 夜しか出ないって事は、やっぱり伝承みたいに太陽の光で灰になっちゃったりするのかな?」
「どうかな。まあ、少なくともハイにはならないだろうけど」
「はいはい……」
 面白くも可笑しくもない駄洒落をスルーし、私は大樹に意見の続きを促した。
 彼もそんな私の対応には慣れっこなようで、全く意に介した様子も無く話を続ける。
「最近の小説や漫画なんかじゃ、日光も、ニンニクも、銀も十字架も流水も、何にも効かないなんて奴も珍しくないからなあ。たとえ効果があったとしても、即死級のダメージを負ったりしないのが通例みたいだし」
「そんなの、強すぎてやっつけられないよね」
「簡単に倒せたら、悪役が務まらないだろ? 話が盛り上がらないもんな。それに、悪や人類の天敵じゃない吸血鬼の話も結構あるみたいだし」
 言われてみれば、確かにその通りだった。
 実際に、私もそんな話を読んだ事があり、それはそれで楽しく読む事が出来た。
 人類を脅かさないならやっつける必要も無いわけで、過剰な戦闘力や弱点の設定は不要となってしまうのである。
 ……嫌いじゃないけどね、私は。
「でも、そうなると。現実に噂になってる吸血鬼、大樹はどんな奴だと思う?」
「テレビでも注意を促してるってんなら、それはきっと実在するんじゃないかと思うんだ……血を飲むか抜くかするような性癖を持つ、快楽殺人者とか?」
 それは怖い話だ。
 確かにそんな奇人が居るなら、行動を起こすのは人目に付きにくい夜かもしれない。
 そんなヤバい猟奇殺人が本当に起きているなら、警察が黙ってないとは思うけど。
「……だよなあ。となると後は、実際は血を吸う訳じゃないけど、便宜上ヴァンパイアと呼称されるだけの特徴を持った奴が居る、とか」
「たとえば?」
 たこ焼きをつつく手を止め、歩を進める足を止め、大樹は通りの端のベンチに腰を下ろした。
 私もそれに倣う。
「たとえば……そうだな、ヴァン=パイアとかって名前の外国人が緊急来日! なーんて」
 わはは、ありえねえー、と私達の爆笑が通りに響いた。
 その笑い声も、軽やかな花火のリズムに塗り潰されていく。
 ヴァン=パイアさんね。
 もしそんな有名人が居たとして、しかも来日して、更にテレビに出ていたとしても、夜しか現れない道理は無いし、そもそも被害者が出るはずも無いのだった。
 そんな楽しい会話で盛り上がっていたのが、ほんの二時間ほど前の事。
 大樹は今、ベッドに倒れ込んでいた。
 しかも、祭りで騒ぎ疲れた帰路の途中、件の吸血鬼に襲われるというおまけ付き。
 だから、いくら近道だからってあんな人通りの無いあぜ道を通るのは止めよう、って言ったのに。
 とりあえず、彼には対吸血鬼被害用の秘薬を使用してあるお陰で、今は特に辛そうにしている様子はない。
 むしろ呑気に寝息をたてている位。
 けれど、目が覚めた時までに治っているかどうかは、はっきり言って微妙な所だと思う。
 治っていなければ、彼は再び地獄の苦しみを味わう事になるはずだ。
 ちなみに私は無事だった。
 吸血鬼にとって、私よりも大樹の方が美味しそうに見えたのだろう。
 居るよね、そういう人。
「……この部屋も安全とは言えない、かな?」
 一人ごちてみるものの、当然誰からの返事も無かった。
 そもそもここは大樹の自室、私達二人しか居ないのだ。
 こんな密室に入って来られる奴が居るなら、それはもう吸血鬼くらいしか居ないだろう。
 そういえば、ヴァンパイアって影に潜ったり霧に姿を変る事も出来るんだっけ?
「薬ねえ……よくこんなのを自室に持ってたよね、大樹」
 まあ、時期を鑑みればむしろ当たり前かな?
 勝手知ったる彼氏の部屋。
 薬はすぐに見つかった。
 クローゼットの中の小さな小物入れの中。
 彼は普段使わない小物を、よくその中に放り込んでいた。
 ちなみに、その秘薬の成分について興味本位で調べてみた事もあるけれど、体育会系の私のにわか知識では理解出来なかった、という苦い経験があったりする。
 うん、私が強いのは怪しい専門知識じゃなくて、むしろ雑学の方。
(雑学と言えば……)
 ヴァンパイアに血を吸われた人間は、その下僕として下位のヴァンパイアになってしまうのだとか。
 そして質の悪い事に、ヴァンパイアは自らの命を繋ぐ栄養として吸血行為を行うのではなく、それを娯楽か何かのような感覚でそれを行うという。
 なるほど。
 大樹を襲った吸血鬼も、仲間を増やす為に吸血を行ったのだ。
 自らの栄養とする為ではなく、仲間を増やす為だけに。
 それはつまり。
「あれをやっつけないと、吸血鬼はどんどん増えていく──!?」
 冗談じゃなかった。
 ただでさえ厄介な吸血鬼に、これ以上増えられては敵わない。
 ……そうだ、身を守らなきゃ。 奴等は捕食者だ。
 人間を餌とする鬼なんだ。
 そうと決まれば、武器。
 それから防具。
 ええと、吸血鬼を相手にするのに必要な武器って何だろう?
 ヴァンパイアは、確か白木の杭を心臓に打ち込めばやっつけられるんじゃなかったっけ?
 ……没。
 そもそも、気配を殺して接近してきて、しかも人智を越えた速さで舞うアレの心臓を、ただの人間が正確に狙えるはずがない。
 ついでに言うなら、私の持ち合わせに白木の杭なんて品も無い訳で。
 じゃあ、銀のナイフで斬りつける?
 確かにヴァンパイアには、銀の武器が有効とする話はよく聞くけれど……しかし、大抵の生き物は金属製の武器で攻撃されたらひとたまりもない気がする。
 あ、ヴァンパイアは銀以外の物質では、傷を負わないんだっけ?
 ……没。
 私は銀で出来た武器なんて持ってないし、もし銀のナイフなんて小洒落た物を持っていても、アレに当てられるとは思えない。
 もっとリーチと当たり判定が大きく扱い易い、そんな物が良い。
 私は前に漫画で読んだような、格好良くヴァンパイアを狩る専門家なんかじゃないのだから。
 普通の人間に、出来る事と出来ない事。
 分を弁えなければ、私は奴等の餌としての立ち位置から動く事が出来ないに違いない。
 う〜ん、そうなると──これなんか使えそうかな?
 …………。
 わあ、大樹ちゃんと読んでるじゃない!
 ひょっとしてバレてるのかなあ?
 いやいや、今はそんな事を言ってる場合じゃないよね。
 まずは今夜を無事に生き延びる事、それが最優先。
 私は手早くそれを束ね、棒状に形を固定した。
 ぽんぽん、と左手に打ち付けてみる。
 ……うん、固い。
 これならいくら吸血鬼といえど、力一杯叩けば何とかなるに違いない──はず。
 勿論、命中すればの話だけれども。
 武器か……
 道具を作り出し、それを扱う。
 これは地球上で、間違いなく人類が最も優れている能力に違いない。
 現に私は大樹の部屋にあった物で、吸血鬼を殺せる武器を作り出してしまった。
 意外と何とかなっちゃう物だよね。
 凄いぞ、由加!