そう、私達は逃げていた。
 祭りの帰り道に出会った“野良犬”から。
 近道しようとしてあぜ道に入ったのが間違いだったのは、自覚してるつもり。
 途中、吸血鬼の被害に遭ったりもしたけれど、まあそんなのは野良犬の脅威に比べれば大した事は無い。
 狂犬病とかの方が恐いよね。
 ともあれ、大樹がうまく野良犬を引きつけてくれたお陰で、私は浴衣姿であまり走り回る事も無く、代わりに彼は筋肉痛に悩まされているようだった。
 しっかし、あぜ道とか野良犬とか。
 ほんとに田舎だなあ、この辺り。
「薬はどう? 効いた?」
「そうだな……うん、そっちは何とも無えや」
 首筋をさすりつつ、吸血鬼が狙った部位を確認する大樹。
 見た感じ、確かに何ともないみたい。
 流石は対吸血鬼用の秘薬。
 大した効き目だこと。
「なんで俺ばっかり……」
「大樹は美味しそうに見えたんだよ」
「納得いかねえー……」
 分からなくもない。
 でもまあ、お陰で私が狙われなかったのは幸いだったかも。
 あ、一回だけ、私も狙われたっけ。
 右腕を。
 と、不意に視線を落とす大樹。
「ん? なんでそれ、火が消えてんだ?」
「それが……扇風機の風が当たって、消えちゃったみたい」
「……理由、気付いたんなら、点け直せよ……」
「あ゙、そっか」
 お間抜けだった。
 確かにその通り。
 結界を形成する大元が止まってしまったなら、再起動すれば良かっただけの事。
 夜中の事だしなあ……
 寝ぼけてたんだろうな、私。
 会話がとぎれる。
 上半身を起こした大樹と視線が絡んだ。
「で、だ。凶器を出せ」
「……何の話かな?」
 真っ直ぐな目でこちらを見据えつつ、右手を差し出す彼。
 居心地が悪くて、私はつい足下に視線を逸らしてしまった。
 あ〜、馬鹿だなあ。
 正直過ぎる自分が恨めしい。
 無論、彼は私のそんな反応を見逃さない。
 さっとベッドの下に手を突っ込み、簡単にそれを見付けだしてしまった。
 小さな赤いシミのついた──棒状に束ねた新聞紙だった。
 もちろん、大樹の血。
 吸血鬼に打撃を与えた際に吸血鬼の体内より吐き出された、大樹の血液。