「乙こそこんなところで何やってるんだよ。バイトは?」

 俺はいちいち自分の妹を「おとめ」などと呼びたくなかったので、短縮していつも「おと」と呼んでいた。

 乙はちょっとだけうるさいなぁ、というような顔をして俺に右の頬を膨らませて見せ、あと1時間後よ、と言って俺の座るベンチの横に座ってきた。

「それよかさぁ、高校の宿題、何とかならないの?うちの学校の数学、難しすぎるのよ。」

「…お前、少しは兄貴に対して尊敬の念がないのか、アホ。それってイヤミか?
 てめーが理数系難しい大学付属の高校なんぞ入るから、そういう目に遭うんじゃ。ど文系の俺に数字の話はするな。俺は数字を見るだけで蕁麻疹が起こる体質なんだよっ。理・数系ならお前の彼氏とか言う奴にでも聞けよっ。」

「冷たいのね、兄貴。それと、やだぁ。兄貴、ワッジーの事私の彼だと思ってんの~!?ヤメテよ~!!私だってもうちょっと男見る目、あるつもりなんですけどぉ~。マジやめて~っ。だってワッジー、アニメヲタなんだも~ん。」

 ああ、知ってるぜ。ワッジーとやらはお前の家庭教師で、アニメヲタはヲタでも、今のアニメにはあんまり興味を示さない、レトロマンガの方のヲタだってことをな。そんなヤツでも日本を将来背負って立つって言われてる、あの有名国立大の現役学生なんだから、世も末だ。

 俺も初めて彼の実態を知ったときにはちょっとひいてしまったよ。
 何せ、理想の女性は「鉄腕 アトム」のウランちゃんだっていう男だからな。


 ・・・しかし、お前みたいなアンポンタン女子高生にやだぁと嫌がられつつも、仕事とはいえ毎週2日もあしげく我が家に勉強を教えに来る、あの男子大学生が非常に哀れに見えてくるよ。
 
    ワッジーよ、毎回毎回ご苦労様。

 俺は横できゃきゃっと一人歓喜してる乙を疎ましい目で見ると、さ、帰るぞと言い残しその場を離れた。

「んじゃ、また後でねぇ~~~、アキノくん!!!」

 こら、兄貴を下の名で呼ぶな、アホがっ。俺とすれ違う人がヘンな目で見てるだろうがっ!!!