「小学生のとき、颯が道を飛び出して。それをお母さんがかばって死んじゃったんだよ」
瑞希さんはありえない。
そんなことを、何もなかったかのようなさらっとした顔で話すんだから。
「颯、これ知ってるのあたしくらいでしょ」
自慢げに颯の顔を見る瑞希さん。
颯は、あんな悲しそうな顔をして何も言えないでいる。
「今まで寂しかったとき、あたしがいたじゃん。支えてあげたよ?なのに…別れるって言うの?」
……最低だ。
この女は最低だ。
もう我慢できなくて、胸倉を掴んだ。
「颯にそんな顔させてんじゃねーよ!颯の辛かったことを利用すんなよっ!!」
支えたとか言い張っているくせに、別れたくないからって…
てか、お前はもう別れてるくせに!!
颯に辛いことを思い出させるな。
「最低っ!颯はうちのものだ!」
「あたしのが颯のことわかってる!」
「うちのほうがお前の何倍も何千倍も、颯のこと好きだから!!」
こんな住宅街の中で、声が響いた。
「やめろ…」
「颯…」
うちと瑞希さんの中に颯が止めに入ってきた。
静かに、やっと声を出したかのように…。