長い沈黙。

僕は空をぼーっと眺める。

緊張していて、落ち着かないのか、愛花は昨日印刷して教卓上に置いておいたおたよりを一枚、一枚机の上に置いている。

「まだ緊張してるのか。」

僕は愛花の方向を向いた。

僕の問いに、無言のまま頷く。

「じゃあ、僕がその緊張をもらってやるよ。」

意味の解らない事を言い出した僕に首を傾むけて、

「どうやって。」

と訊いてくる。

「こっち、来いよ。」

僕が手招きをしながら呼びかける。

愛花は手に持っていた、紙の束を机に置いて、こちらへ近づいてくる。


僕は、隣の席のイスを引いて、愛花をそこに座らせる。

「この指をよーく見とけよ。」

人差し指をピンと立てて、愛花の顔の正面に持っていく。

「じゃあ、始めるぜ。」

指をどんどん愛花の顔に近づけていく。

愛花の瞳が、どんどん中心に寄っていく。

近づいていた指がサッと視界から消える。

目の焦点が戻る前に、

「んっ。」

何かが唇に触れ、思わず声が漏れる。

愛花の、一番好きな男の子の顔が視界に入る。

その男の子の顔が離れていくと、唇に感じていた感触も離れていく。

呆然としている愛花に、

「緊張は僕が食べちゃった。」

僕はニッコリわらって言う。

その言葉を聞いて我に返る。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜。」

声にならない声を出し、一瞬のうちに真っ赤になる愛花を僕はただ笑ってみていた。

僕にもしっかりと感じられた、柔らかな感触。

顔を近づけているときの体の血がが沸騰しているような、恥ずかしさ。

唇を離した後の熱さを吹き飛ばす爽快感。

ふさぎ込んでいた、気分が吹っ飛んだ瞬間だった。