手が止まった。
就職は決まっている。
だけど俺は、それを口にするのが躊躇われた。


「晶?」


出しっぱなしになったままの水道を慌てて止める。
何を恥ずかしがることがある?
あんなに懸命に面接を受けて、やっと決まった会社じゃないか。


「……就職、決まってるよ。保険会社」

「保険会社?」

「……うん。営業みたいなのやることになるんじゃないかな」

「へぇ。晶は人当たりがいいし、晶にすすめられたらなんか入っちゃいそうだよな」


また彼は笑った。
本当にそう思ったのだろうか。
保険会社なんてつまんないな、と思ったんじゃないだろうか?

俺は振り向いて拓人の顔をまじまじと見つめたけれど、相変わらず屈託がない。

でも見抜けてないだけかもしれない。
腹の内じゃ何考えてるかわからない―――。
そんなことをぼんやり考えて、俺は首を振る。

なんなんだ?

拓人がどう思っていようが関係ないじゃないか。
俺が決めたことじゃないか。
皆そうやって生きているんだ。何も今更考えるな……。


「俺の話なんかつまんないよ」


笑顔を貼り付けてそう言うと、拓人は怪訝そうな顔をする。

駄目だ。

俺、こいつと一緒にいられないかもしれない。

胸の奥で、何かがチリチリと燃えている。

何かが騒ぐ。

居心地が悪い。

なんで?やめてくれよ。なんか……見てらんねぇんだよ、お前のこと。


「俺、風呂入って寝るわ。拓人も明日早いんだろ?」

「……晶?」


背中を向けた。何かが痛かった。


俺はこいつと暮らし始めて、ずっと、その痛みと闘っている。