蓮は他にも自分のことを話してくれた。
実の母親は会ったこともなければ、写真もないから顔すら見たことがないと。
しかも、蓮が赤ちゃんの時にいなくなったから、思い出もないと。
だから、逆に会いたいとも思わないし、懐かしくもならないと。
恨んだ時期もあったけど、今は自分を捨てた人を恨む時間が無駄だと思って、恨むこともなくなったと。
再婚してできた2人目のお母さんは、若かったけど蓮にはとても優しかったらしい。
だけど蓮のお父さんとその人の間に子どもが産まれると、
今までの蓮に対する態度が一変して、暴力を振るうようになったって。
最初はお父さんは虐待を受けてることに気づかなくて、2年経ってやっと気づき離婚をした。
蓮には、異母兄弟が1人いて、離婚して以来会ったことはないらしい。
『他に聞きたいことは?』
話の最後に蓮にそう言われた。
だから―――……あたしは聞いた。
「今………幸せ?」
すると、蓮はあたしを抱きしめ――…
耳元で、今まで聞いたことないくらい小さく弱々しい声で、
「澪ちゃんのおかげで、ちょー幸せ」
そう………囁いた。
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時間が経つのを忘れて抱き合ってた。
ときより互いに抱きしめる力を強くした。
直接触れるだけで、蓮の鼓動や体温が伝わってきてドキドキする。
こうしてるだけで時間は気にならなくて、今だけは時が止まってるかのように思える。
………蓮を好きになってよかったと思った。
「他の男に色目使ったら許さねぇから」
帰る支度をするあたしの首に、蓮はキスマークをつけた。
ていうか、色目使うって言ったら完全に蓮の方でしょ。
あたしより蓮の方が使う確率高いでしょ。
そう思ったものの、敢えて口にはしなかった。
あたしは蓮のバイクの後ろに乗って家に帰った。
たまり場へ入るといつものメンバーがいて、あたしを見るなり『あーっ!』と叫んだ。
え?なに?
「やらしい!澪エッチ!勉強してたんじゃないのぉ?」
「い、いきなり何っ?ちゃんと勉強してたよ」
「じゃあ、その目立つキスマークは何よぉ」
蓮に見える位置にキスマークをつけられたみたいで、晶乃にバレてしまった。
そのあとも散々みんなにいじられた。
しかも、テストまでの6日間はバイトもなかったため、全て蓮のスパルタ勉強会だった。
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勉強会のおかげで、あたしはなんとかギリギリ赤点を免れた。
先生たちには平均点を越えたわけじゃないのに褒められた。
良いこと尽くしだったあたしとは反対に、勉強を教えてくれた蓮はというと―――……
全教科の点数が前回のテストより下がり、テストが返された日の蓮は明らかにテンションが下がってた。
その日は金曜日で、勉強会以来の蓮の家に遊びに行った。
家に入った瞬間、
「勉強会のお返ししてもらおうかな」
何か企んだ表情でそう言った蓮は………すぐにあたしを押し倒した。
そのまま抵抗する暇もなく蓮の好きなようにされたあたしは、終わった頃にはぐったりしていて。
「泊まってく?」
「……ん」
帰る気力すら奪われたから、蓮の家に2度目のお泊まりをした。
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季節は冬へ移り変わり………12月になった。
1年もあと1ヶ月で終わろうとしていた頃………あたしたちは忘れていた大きな問題に直面することになった。
それは――…ある日の放課後。
目の前にはガンを飛ばしてくるギャル3人組がいて、あたしは壁へと追い込まれた。
ここは体育館裏で、あまり人は通らない。
いわゆる、今あたしは呼び出されているってわけです。
しかも、上履きの色が青色ってことから3年生だって分かる。
先輩なだけに威圧感がハンパない。
「まだ蓮と続いてるんだ?ほんっと図太いよねぇ」
「何て騙してんの?魅力もないあんたには何か策があるんでしょ?」
「黙ってないで何か言えば?」
呼び出された理由は分かってる。
あたしが……蓮の彼女だから。
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今日に限ってどうしてゴミ捨てを担当しちゃったんだろう。
今日は1ヶ月に1度ある掃除の日。
学校内の全てのゴミが集まるゴミ捨て場は体育館裏にあって、ちょうど先輩方が通りかかった。
あたしを見た瞬間3人の顔色が変わって、『ちょっと来て』と言われ、連れてこられたわけだ。
「何か言えよ。黙ってんじゃねぇよ」
「おまえみたいなのが蓮の彼女ってだけでムカつくんだよ」
「……知りません」
「あ?」
先輩方はあたしがしゃべった途端、さらに眉間にシワを寄せた。
「先輩がムカつくかムカつかないかなんて知らないし、あたしには関係ないし」
「は?」
「ムカつくなら蓮を呼び出してくれませんか?あたし呼び出されるの超めんどくさいんで」
「おまえナメてんの?」
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それは突然のことだった。
あたしは人生で初めて胸ぐらを捕まれた。
「なんだよその目」
「いや、別に」
「言いてぇことあんなら言えよ」
「ただ単に、このまま殴られたら痛いんだろうなって……」
あたしの言葉は………遮られた。
言い終わる前に独特の音が鳴り………頬に痛みが走った。
頬にビンタをされた。
ビンタをした先輩は胸ぐらを掴んだままで、あたしを見て楽しそうに鼻で笑った。
後ろで見てる2人はというと、“ヤバくね?”って顔で引いてるように見えた。
……ってか、痛いんですけど!
ほっぺたヒリヒリするんですけど!
絶対これ手の痕ついちゃってるパターンだよ!
「あのー…手、離してもらえませんか?」
「は?誰に口聞いてんの?別れるまで離さないから」
マジっすか……。
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だけど、そこでやっと救世主登場。
「とりあえず、この手退かしてくれません?」
柄にない敬語を使って、先輩の手を離してくれた。
その救世主の正体は………呼び出された原因である本人の蓮。
敬語を使ってるけど、決して目は笑ってなくて………むしろ怒りに満ち溢れている。
「え……何で蓮が……」
「そりゃあ、愛しの澪ちゃんがいる場所くらい分かるに決まってんだろ」
いやいや。
あなた超能力者じゃないでしょ。
たとえそうじゃなくても………本当はこうして助けてくれたことだけで嬉しい。
人前で“愛しの”とか言われると恥ずかしいから止めてほしいけど……。
すると、蓮がいきなりあたしの頬を撫でた。
もしかして、と思うと、やっぱり頬は赤くなってたらしい。
「澪に何した」
さっきまでの声とは明らかに違う低く冷たい声で………目の前にいる先輩を見据えた。
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あたしにあんなに威圧感を出してた先輩が、蓮を前にすると小さく見えた。
無言でいる先輩。
「もう2度と俺の前に現れんな」
「……」
「これ以上女の子に幻滅したくないんだよね」
「……」
「だから澪にももう近づくな」
先輩は意外にも、
『別れなきゃ何するか分かんない』と強気な態度だった。
けど、蓮は何故か笑った。
「……んっ」
いきなり蓮があたしの腕を壁に押し付けてきたから何かと思ったら………
まさかのキスをしてきて、しかも舌まで入れてきた。
深めなキスをされたあと、蓮はドヤ顔で先輩に『それは無理』と言い切った。
「最高にラブラブだから、誰も入る隙なんかないんで」
蓮は最後にその言葉だけを残して………あたしを連れてその場を後にした。
―――……それからというもの、呼び出しがなくなる………こともなく、
むしろ減るどころか増えた。
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「なんかさぁ、いきなり呼び出し増えたよね?」
「うん」
とある放課後、晶乃と2人で家にいた。
どうしたものか、あたしも思ってたことを晶乃が口にしたからビックリした。
「だっておかしくない?いきなりじゃん」
晶乃がおかしく思うのも分かる。
蓮と付き合ってからは何度か呼び出されることがあったけど、
それでも、2週間に1回あるかないかくらいだった。
それが、あたしが初めてビンタされた日からは毎日呼び出しが続いてる。
蓮に一緒に行ってほしいけど、呼び出されたからってわざわざ呼びに行くのもめんどくさい。
だから1人で行って、散々悪態をつかれて、疲労感だけが残って帰ってくる。
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