「それじゃこれ…お約束の小説です。」


耕太に渡された小説を手に取ると、詩織はより無邪気な顔で目を輝かせた。


「これです!これ♪…すいません。私って我が儘ですよね。」


「いえ…そんな事……喜んでいただいて何よりです。」



わざわざ本を届けて貰って、このまま帰すのも気の毒な話だ…詩織は“今、お茶を淹れますから上がって行って下さい”と腕を横に差し出して耕太を招いた。


耕太はその誘いに思わず“はい”と言いそうになったが、その後すぐに自分の今の状況に気が付いた。


目の前に見える、自分の年収程に高価そうな置物や美術品の数々…上品な詩織の洋服…それに比べ、自分はユニクロの上下に安物のスニーカー……


『住む世界が違う』とはこういう事を言うのだろうか。


僅か30センチ程高いだけのその床には、自分には踏み込む事の出来ない世界が存在しているように耕太には思えた。


そういえば、今日履いている靴下には爪先に穴が開いているんじゃなかったっけ……


「いえ…お構いなく…僕はこれで帰ります。」



俯いてそう言うと、詩織が何か話す前に耕太は深くお辞儀をしてから『北条家』を後にした。