「今さら会ってどうしろと?」

彼の言いたいことを察知して、先に博子は言った。

「加瀬さん」

「彼は私を騙してた、そう言ったじゃない。はっきりと私の前で!あなたたちも聞いたはずよ!」

その悲痛な声に、マスターが気まずそうな顔をして店の奥へ入っていく。

「それが彼の言う『仕事』なんでしょ?もううんざりなんです。彼が暴力団の幹部だと知っていたのに、私、浮かれて会っていました。主人が警察官で、もしかしたら利用されるかもって、心のどこかで思ったこともありました。でも、彼はそんなことしないって、信じたかった。
いいえ、私の知ってる彼は絶対にそんなことしないって、信じてました。
本当に馬鹿ですよね、私」

浩介と直人は、AGEHAでの彼女の顔が忘れられなかった。

この女は、亮二をずっと想ってたに違いない。

亮二との間には、自分たちにはわからない「絆」があるのだと、初めてわかった。

そして、誤解させたままこの二人を終わらせてはいけない、そう思った。

何より、尊敬する亮二のために。

亮二が亮二であってほしいがために。

そう思わなければ、今回この加瀬博子にわざわざ会いに来ることはしなかった。


博子はアイスコーヒーをストローでかき混ぜる。

「また会ってくれだなんて、そんなことできません」

氷同士がぶつかる音が涼しげに響く。


「私ね、世間知らずだって、みんなに言われるんです」

ふいにそう言うと、彼女は微かに笑った。
まるで自分を卑下するかのように。

浩介は、そんな彼女から目をそらせた。

「もうこれ以上、私を惨めにさせないでください。お願いします」

頭を下げると、短めの黒髪が揺れる。

「加瀬さん」

そこに今まで黙っていた浩介が口を開いた。

「あんたさぁ…」

口を尖らせ、いかにも不満ありげに。

「あんた、リサの前で、亮二さんは絶対にそんなことしないって言い切ったよな?
あいつに殴られても、ひるまなかったじゃねぇか」