みんなみんな、おもしろくないよ……。
でも彼に会う日は、ほんとはどきどきしてる。
彼と重なる自分の唇が愛おしい。
なのに、時間をかけて大きくなった憂鬱が、
そんなことを隠すようにうごめくの。
電車を降りる。
ゆっくりゆっくり歩いていたら、
土手に座っている彼が見えた。
何も言わない。
ゆっくりしたペースのまま、あたしは黙って歩いた。
彼があたしに気付いて、片手をあげた。小さく小さく頷いた。
なんだろう、この気持ち……。
体の奥がきゅうっとなって、重くてもやもやしたものが漂う。
「春だなぁ」
彼があたしを見て言った。笑ってみせる。
ここにくると、幸せな事ばかり思い出すの…。
だから、なんだか、苦しいの。
今も幸せなの、あたし。きっとそうなの。
彼が当たり前みたいに手を差し出す。
あたしも当たり前みたいにその手をとって歩き出す。
ここにくる時に、こんな気持ちでいたくなかった。
彼の手は大きくて不器用そうで、あたたかい。
指先がしびれる。
「寒くない?」
「うん、平気」
「まだ、桜は咲かないけどね」
「うん」
去年も言ったね、この言葉。
桜が満開の季節じゃなくて、
日差しが、風が、空気がほんの少しだけ春に変わる一瞬をふたりでつかまえに行く。
なんてなんて、幸せで、甘ったるいんだろう。