そいつは眉根に皴を寄せて、
でもどこか嬉しげにぶつぶつ言っている。
俺は鞄を肩にかけて席を離れた。


「ビミョーな女なんだろ。やめとけば」


―――深く深く、泣きながら眠る彼女の何を、俺は知っているというのだろう。

初めて覚えた、違和感。

俺も知らない、心のどこかに、突き刺さる―――。


それを振り払うように、校舎を出た。
ひとりきりの家路。

マンションに戻って暗い部屋に電気をつけると、
リビングのソファーに腰掛けた。

何もすることが無い俺の生活は、最近じゃ夜になり、咲恵を待つだけのものに変わっていた気がする。

壁の向こうに、彼女がいる。
制服の上着だけ脱ぎ捨てて、家を出た。

チャイムを鳴らすと、二分ほど待たされて咲恵が出てきた。
Tシャツにジーンズという格好で、大きな目をますます大きくして俺を見つめる。
俺の部屋以外で見る彼女は、知らない誰かのような、そんな気がした。


「……ケイくん……」

「入れて」

「……どうして?」

正しい問いかけ。
何の発展も望んでいない俺たちの関係こそが、お互いの求める唯一の安寧だったはずだ。でも今日は、あの部屋で咲恵を待っていることができなかった。


「……たまには、一緒に飯でも食おう」


咲恵は少し小首をかしげて黙っていたが、やがて俺を中へ招きいれた。
咲恵のほかに、誰かがいる気配はなかった。


「なに食べるの」

「なんでもいい」

「……何にも食材、無いよ」

「……じゃあコーヒーでいいよ……腹なんか減ってないんだ」


うなずいて、キッチンへ消える。
俺の家と同じつくりなのに、居心地の悪い家だった。
何もかも違う。
匂いも、雰囲気も、明るさも。