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それはおそらく、恋ではなかった。
ましてや、愛なんて高尚なものでもない。
俺たちは同じマンションの、
薄い壁を隔てて生活していて、
同じ高校に通っていたけれど、
一緒に帰ることも一緒に遊びに行くこともなかった。
深淵をお互いが覗き込む孤独の時間に、
どうしようもなく求め合うだけだった。
朝がきて、咲恵は何も言わず俺の部屋を出て行く。
他の時間、学校で会っても声を掛け合ったりはしない。意味ありげな目配せもない。
それで、何の違和感もないのだった。
「なぁ、それで圭はどうなのよ」
「俺ぇ?俺はメグ・ライアンかキャメロン・ディアスかなー」
「外タレかよッ」
「嘘だよ。でも日本のタレントは嫌。頭悪そうじゃん」
「言うねェ」
下らない話題。無意味な会話。
俺は笑う、心底楽しそうな顔で笑う。
制服を着た俺たちは、
守られたこの箱に気付かない振りをして笑い、
差し当たりのない俺たちでいる義務がある。
それに対する疑問なんて叫ぶのは、馬鹿がすることだ。
ただ増えていくのは体の穴―――隙間風が吹くための―――で、
失われるのは世界の色。
俺のそれはとっくに最終段階を迎えていて、
見るもの全てがモノクロ、いっそ気が楽な程に。
ただ、一つを除いて……。