Fahrenheit -華氏- Ⅱ





*Lover*






What is important work?
(仕事が大切?)


Need money?Are you enjoying your hobbies?
(お金が必要?趣味を楽しんでる?)



Though I need many things to live,
(生きていくうえで必要なものはたくさんあるけれど)



is a lover necessary?
(恋人って必要なのかしら?)



It is not a family, not friend.
(家族でもない、友達でもない)



It is not a couple.
(夫婦でもない)



I didn't have a logical connection.
(そこに確固たる繋がりなんて何一つない)



And yet……I looked for it.
(それなのに、あたしは求めてしまうの)




The relations that are connected by only the feeling.
(気持ちだけで繋がり合える関係を)







It is a lover.
(それが恋人なのね)















神流 啓人(カンナ ケイト)


26歳。


世界でも指折りの大企業の神流グループの御曹って言うと体がいいが、用は神流グループ総帥は俺の親父。


俺は一人息子ってわけ。


神流グループは物流をはじめ飲食、医療関係も手広く展開している、まぁ何でも有りな企業だ。


親父の会社―――東京本社で働き初めて4年。


今は外資物流管理本部の部長という役席も与えてもらってる。






金はある。


親父譲りの長身。


ハーフだった母親の血を多く受け継いでるのか、ルックスにも困ってない。


オーダーメイドのスーツに、ブランド物の靴やバッグ。


車は高級外車で、望めば何でも手に入る。





そんな俺の恋人は偶然にも19年前の初恋の女の子で、





極上の女。






美人で仕事ができて―――――心優しい女。







思い出の軽井沢で愛を誓い合って半月。






今ではラブラブ……な筈…








201X年、10月7日。午前8:30分。


東京、広尾にあるオフィスに俺はいつもより少し遅めに出社した。


神流(カンナ)グループの全てを統括する、神流㈱本社、外資物流事業部。


事業部長ってのが俺の役職名。


フェラガモの靴を鳴らして、アルマーニのスーツの襟を正す。


「「おはようございま~す、神流部長♪」」


女子社員の黄色い挨拶にも


「おはよう」


爽やかに挨拶を返す。


「「キャ~♪挨拶しちゃた♪今日も素敵☆」」


社内ではクールでストイックなイメージのある俺だが、自分の部署では二人の部下たちからは、「犬」もしくは、「ちゃらんぽらん上司」扱いの俺、どうよ……


「おはようございます。珍しいですね、部長がこんなに遅いなんて」


ブースにつくなり、部下の一人で仕事はまぁまぁだが、とにかく真面目がうりで何より俺が信用できる佐々木 修二(ササキ シュウジ)がデスクの雑巾がけをしている最中だった。


「おっす。今日はちょっと野暮用があってね」


「どうせ女の人と朝までコースでしょう?柏木さんが今日から休暇で居ないからってやる気ないのは分かりますがね」


グサリっ


平社員の佐々木は、雑巾を動かす手を休めない。


まぁ当たってる部分が多いから何も言い返せませんが…


朝まで一緒に居たって女ってのは、その当の柏木さんで、公私ともにパートナーである彼女が今日から俺を置いてニューヨークに行っちまってる。


もちろん一部を除いて俺達の関係は秘密にしているから、佐々木が彼女と俺との関係を知っている筈がないが。






俺は斜め隣の、今は不在になっている柏木 瑠華(カシワギ ルカ)の席を寂しい思いで眺めた。









遡ること4時間ほど前―――



東京、六本木の高級タワーマンション。


4705室。





―――彼女の朝は早い。


ベッドから起きだすと、コーヒーを飲みながらタバコを口にする。


ニュースを流しながら、新聞二紙に目を通し、タバコを吸い終えると


シャワーを浴びる。


いつも抜かりなくきっちりメイクと、長い髪をふんわり巻いてセットして




―――今日は俺の眠る寝室を覗きにきた。





「啓。朝ですよ」


ゆさゆさと、ふわふわの羽毛布団の上から俺の体を揺する。


俺はちょっと目をこじ開けると寝起きの視界に、まさに女神と言える極上の女が映る。


猫みたいな大きな目に、白い肌。すっと通った鼻筋に、淡い色を浮かべたちょっと薄い唇。


どれもが完璧に整っている。


つまりは超!俺好みってわけ♪


窓から侵入する朝日がきらきらと彼女を取り巻いていてなんとも幻想的。


俺は幸せそうに口元を緩めた。


「起きてください。朝ですよ」


無表情に言って、俺をさらにゆさゆさと揺すった。


「ん~…チューしてくれたら起きるぅ」


甘えてみた。


だけど


「一生そこで寝ていてください」


むぎゅっと布団を俺の顔に押し付けると彼女は立ち上がり、部屋から出て行ってしまった。




そうです。俺の彼女




柏木 瑠華は





いわゆるツンデレ。




って言うか、あの人デレあるの?って疑いたくなるぐらい、俺に冷たい(泣)







俺もシャワーを浴び終え、瑠華の部屋の洗面所に置いてある髭剃りで髭を剃ると、髪を整えワイシャツに腕を通した。


広いリビングに向かうと、瑠華はスーツケースを広げて中身をチェックしているところだった。


10月7日、金曜日。


今日から彼女は一週間の休暇に入る。


単なる休暇なら俺も仕事の終わりに会いに行けるのだが、彼女はその休暇の殆どをアメリカ、ニューヨークで過ごすことになっていた。


同じ会社、同じ部署、席も隣。


毎日顔を突き合わせているから、居ないのが考えられない。


できれば一緒に着いて行きたい。そんなこと叶わないと分かりきってるから、尚更寂しい。


今日から一週間、瑠華に会えない……そう思うと寂しくて、寂しくて俺は孤独死(←使い方違うし)しそう…




ニューヨーク大学を飛び級、おまけに首席で卒業。


ニューヨークで僅か18歳で会社を起業し、一時経済誌で取り上げられるような大企業まで発展した。


その彼女を俺の親父は、親友の娘だからという理由で我が社へヘッドハンティング。


もちろんやり手だってことが大前提だけどね。


そんなわけで今年の4月から俺たちは同じ職場で、パートナーとして働くことになったわけだ。


噂通り…いや、噂以上に彼女の仕事ぶりは華麗で、かなりのやり手。


24だというのに、すでに管理職だし。


顔は可愛いのに、中身は男の俺より男前。


毎日キュン♪と心臓を締め付けられてる俺。


瑠華と出逢うまではかなり女と派手に遊んでいた俺だが、「お前、大丈夫か?」って自分で自分を疑いたくなるほど、今は彼女に溺れている。









瑠華の今日の服装は―――


白地にカーキのハーネス柄をあしらった華やかな膝丈の柄スカートに黒のV開きノースリーブニット。


近くに薄手のノーカラージャケットが置いてあるからそれを羽織るつもりなのだろう。


今日も俺好みの素敵なお召し物で♪


瑠華のむき出しの白い二の腕が目に入った。


背中からわきに続く線が、何とも色っぽくて眩しい…


じゃなくて。


彼女の片腕に施された黒一色のトライバル模様のタトゥー。


腕のぐるりを囲む蔦に、その中央に施されたハートとも取れる絵柄。


アメリカの大財閥、ヴァレンタイン家の紋章だ。


どっちかって言うとお姉さん系の瑠華には、そのタトゥーは不釣合いだ。


だけど俺はそのタトゥーに込められた意味も、気持ちも知っている。


俺は瑠華に近づくと、後ろからぎゅっと抱きついた。


「どうしたんですか?」


瑠華が手を休めて首を捻る。


「ん~…ちょっとねぇ」


曖昧に答えて俺は瑠華の肩に頭を乗せた。


目の前にタトゥーがあって、俺はその絵柄にそっと口付けをした。


「ニューヨーク行って何する予定?」


「家に帰ったり友達と遊んだり。そんなとこですかね」


瑠華はのんびり答える。


彼女の言葉を聞きながら、俺は一ヶ月前彼女が電話をしていた会話を思い出した。