高校を卒業したら大人だと思ってた。
ずっと大人になりたかった。
「俺は、大人な女がタイプかな。」
中学のときに聞いたあなたの言葉。
亮ちゃん、わたし今日卒業するよ??
もうチョコって言って頭くしゃくしゃにして子ども扱いするのやめてね??
亮ちゃんからしたらわたし、まだ子どもかもしれないけど、学生じゃないし立派な大人になるから・・・。
だからお願い。
女として見て。
「黒田さん、ほんま無理なん??」
今日で何人目やねん。
わたしはずっと決めとんねん。
「好きな人、おるから。」
卒業式が終わると、声をかけられとった。
今時卒業式の日に告白ってないやろ。
古い4階建ての校舎。
音響ももうよくないけど毎日スピーカーからチャイムを聞いとった。
進学しないわたしはもう、チャイムなんて聞くことなんてないんやろうな。
「チョコ~、また告白されたん??あれ3組の吉本やん。」
3年間ずっと一緒におった桜子が冷やかすような目で言ってきた。
桜子、最後の最後まで千代子やなく、チョコて呼びよった。
殆どがわたしのことチョコって言う。
呼びやすいししょうがないんやけど・・・。
「そうなん?知らんわ。」
「ひどいなー、チョコは。ま、一途ってことでええと思うけどな。最後まで貫いたな、ほんま。すごいわ。」
こんな風に褒めてくれる桜子は1年のときからずっと彼氏がおってその彼氏がもうすぐ迎えに来てくれるらしい。
彼氏は今大学2年生らしいから。
わたしといえば・・・。
「あ、あれチョコのお兄ちゃんの車やない・・・??」
「ほんまや・・・。しかもあんなとこに・・・目立つ・・・」
校門の前に停められたハマーの四駆。
みんながジロジロ見てる。
まぁ、当の本人は見せびらかすために校門の前にわざと停めとるんやろうけど。
魂胆が見え見えやねん、ドアホが。
「恥ずかしいし、わたし行くわ。あさってのクラス会でな!!」
「うん、またなー。」
そう言ってわたしは校門まで30メートルくらい走った。
所々で写真を撮ってる人がいたのを尻目に。
助手席のドアを開けると見慣れた横顔。
21歳で営業の仕事をしよる兄の健治がタバコをくわえてこっちを見た。
「早かったな。」
「お兄ちゃん・・こんなとこ停めないでよ。目立つわ!!」
「はいはい。」
中身がないような返事をしてタバコを灰皿に押し付けたお兄ちゃんは車を発進させた。
決して家は金持ちなわけじゃない。
なのになぜハマーに乗っているのか。
それは懸賞で当たったから。
今年のお正月、応募したのも忘れてたんだけどいきなりテレビ局の人が来て”おめでとうございます!プレゼントです。”言うて持ってきた。
かっこええけどハンパなく燃費は悪いらしい。
まぁ、わたしは乗らんし関係ないんやけどな。
そんなこの車をほんまに羨ましがっとったのが隣に住む大学4年の亮ちゃん。
お兄ちゃんより1つ年上で、わたしより4つ年上。
わたしが記憶が鮮明になってる小学入学の頃からずっと好きな人。
家に入るといつものように誰もいない。
親は共働き。
お兄ちゃんやってほんまは仕事やったけど”最後くらい迎え行ってやりたい。”言うたからお願いした。
したらあの有様や。
”最後やから車自慢したい。”の間違いやったんやろうな。
部屋に戻って着替え、玄関を飛び出した。
見慣れたいつもの住宅街なのに卒業したってだけで心が軽い気がする。
これで大人の仲間入りやって。
学生やない=大人やって。
うちの隣の家に行き、そしてチャイムを押す。
「はい。」
「亮ちゃん♪千代子だよ♪」
きっとどの人ともこんな風にウキウキは喋らないんじゃないかな。
「チョコ?鍵あいとるで。」
やっぱり亮ちゃんやってチョコって呼ぶ。
亮ちゃんにだけは千代子って呼んで欲しいのに。
でも贅沢はいえないし
「は~い♪」
って言って前に進んだ。
こんな風に行くっておかしいこと??
でもうちらは普通なんだ。
いつものように亮ちゃんの部屋に押しかけては、ぷよぷよとかマリオカートみたいな簡単なゲーム対戦しとる。
その時間がほんま幸せ。
いつものように玄関をあけ、靴を脱いでリビングに進んだ。
そこにはいつものようにこっちを向いて微笑む亮ちゃんがおった。
その亮ちゃんの胸にいつものようにわたしは飛び込む。
「亮ちゃ~ん、卒業したよ♪」
「よ~頑張ったな。」
そう言っていつものように頭を撫でてくれる亮ちゃん。
わたしはそんな亮ちゃんを見上げて
「もう子どもやないで♪」
って自信満々に言った。
亮ちゃんはそんなわたしを見てニコっと笑い
「ほんまやな。健治も俺と同じで複雑やろうな。ハハ。」
「どういう意味?」
全然意味がわかんなかった。
何でお兄ちゃんがそこに出てくるんか。
「妹が大人になるんやなぁって。」
「そっか・・・。」
わたしはまた胸に顔をうずめた。
知ってる。
亮ちゃんがわたしのこと、”女”として見てくれてへんってことくらい。
でも大人の女になればきっとって思ってた。
まだ・・足りないか。
「チョコ?」
不思議そうにわたしの名前を呼ぶ亮ちゃん。
あかんで、顔に出したら。
わかっとったことやん。
自分にそう言い聞かせてさっきみたいな笑顔を作った。
「亮ちゃん、ゲームしよ♪」
「おう。部屋行くか。」
そう言ってわたしたちは離れ、部屋に移動した。
普通に見たらカップルみたいやろ??
でも全然違う。
ほんま家族みたいなもんや。
亮ちゃんにとってわたしは。
顔は笑っとるけど重い足取りで部屋に向かった。
部屋の前。
前にここで聞いた。
亮ちゃんとお兄ちゃんが話してること。
わたしが中学2年のときやった。
亮ちゃんは高校3年、お兄ちゃんは高校2年。
「亮くんはどんな女がタイプなん??」
亮ちゃんへの片思い歴が長いわたしは聞き耳立てて聞いた。
でも聞こえてきた言葉はわたしには絶望に近かった。
「俺は、大人な女がタイプかな。」
それは4つ下のわたしとは真逆。
諦めようと思った。
幸いなことにわたしは容姿に長けていてモテるという学校生活やった。
好きやって言うてくれる人やっておったし、諦めてしまおうかて散々悩んだ。
でも、亮ちゃんを見るたびにその気持ちはその時消えとるんや。
亮ちゃんとおったらどんなに考えとったって好きやって思ってしまう。
だからわたしは大人の女になろう決めた。
雑誌はもちろん高校生が見るのやない。
大学生とかが見るようなお姉系。
それに合わせて服装も勉強した。
メイクやってギャルっぽいのは絶対せんやった。
でも大人になろう決めても亮ちゃんに抱きつくってことだけは辞めれんかった。
だって、好きやから触れてたいもん。
だからいつまでたっても妹なんやろうな。
部屋は亮ちゃんの香り。
タバコとお香と香水のまざった香り。
これがわたしの1番の安定剤って亮ちゃん知らんやろうな。
「昨日負けたし、今日もマリオカートでリベンジや。」
負けず嫌いなわたしが言うと亮ちゃんはニヤリと笑って
「100年早いわ。」
と言ってコントローラーをくれた。
ちょっと触れた指先。
熱くなるのが自分でもわかった。