「……だけど、ま。
 お前相手に『初体験』とやらを試したいのは本当だ」

 『待ってる』と、恐ろしい事を言って楽屋に消えるトシキの背中を目で追って。

 僕は、ふっと息をついた。


 誰が行くか、莫迦たれ!

 絶対、トシキの思惑になんて、のるもんか!!

 ……なんて。

 そう、決意は新たにしたものの。

 本番までの時間は、この時点であとニ時間半を切っていた。

 衣装の準備や、メイクの事を考えると、もう、ほとんど時間なんて、なかった。

 これでは、トシキの思うつぼのまま。

 『椿姫』を踊るはめになり……その結果。

 今まで仲良くやっていたご近所さんに、うしろ指さされて街に居づらくなる……なんて。

 そんな結果になんて、嫌だった。

 ただの遊びでしかないトシキのために、自分の居場所を無くすなんて、そんなコト。

 絶対したくなんてなかったんだ。

 ……だからと言って、ここで断れば。

 もしかしたらハニーだけじゃなく。

 街の人たちも、危険なことになるかもしれなかった。




 ……この状況で、一体。

 僕には、何が出来るのか。



 他の団体の演目を、舞台のそでで聞きながら、一人。

 拳をぎゅっと、握った時だった。

 トシキと入れ替わるように、舞台のそでに顔を出したヤツがいた。

 どうやら、そいつは、僕を探していたらしく。

 僕の顔を見ると、ほっとした顔をして笑った。

「……螢?
 なんだ、みんなが探していた……」

「直斗!」

 その、小賢し……いやいや、頼りになりそうな、お子様の顔を見て、ようやく僕は一つの手を思いついた。

「直斗、頼む!
 手を貸してくれ!」

「……は?」

 呆気にとられている直斗の両肩をつかんで、僕は話せだけの一部始終と。

『頼み』を直斗に話していた。