「螢!
 螢ってば!!
 椅子に座ったまま、うたた寝すると、風邪をひくってさ!」

 そう。

 誰かに揺すられて、僕は重い瞼を開いた。

「……ここは……?」

 どこだっけ?

 ギターの奏でる『椿姫』は、まだ、続いていた。

 けれども、僕は、踊らずに、椅子に座っているらしい。

 なんだか、すごくふわふわとした、気持ちいい感じと。

 何か足りない気持ちがごっちゃになって。

 心とカラダが、ばらばらになるような気分がした。



「……ナニが足りないんだろう。
 ああ。
 そうか、記憶か」



 と、口に出して言ったら、直斗がとても心配そうに、僕の顔を覗き込んだ。

「おい、螢!
 本当に、大丈夫か!?
 ここは、まだダンススタジオだよ!?」

 直斗に言われて、そうか、と思い出した。



 今日は。

 夜勤明けで、明日の産業祭で発表するフラメンコのリハに来てて。

 自分の踊る『ガロティン』を、仕上げ。

 トシキが注いでくれた、飲み慣れない苦いお茶を、眠気ざましに飲みながら。

 里佳の『アレグリアス』を一回は聞いた覚えはあるけど。

 それからの記憶があやしい。

 どうやら、そのあたりで、眠くて、意識が飛んだみたいだ。

 ……僕は、よほど疲れているらしかった。

 けれども。

 これまで起きたことの無い感覚に、首を傾げた。


 今まで、他人が踊っている最中に、寝るなんて、失礼なこと。

 一度もしたこと無かったのに。