「そう言えば、昔。
 当の藤沢組でさぁ。
 表向きはホストクラブってコトになっている、子飼いの店で騒ぎがあったな」

「……」

「そいつが、『店』の稼ぎ頭だった上。
 組長のお気に入りで『組』でも幹部の『男』だったにもかかわらず。
 一般人(カタギ)の『男』に惚れこんで。
 手に手をとって駆け落ちしたとかしないとか。
 結局、人死にまで出た騒ぎになったよな。
 確か、そいつは、雪の王子って呼ばれ……」

「いい加減にしろ!」

 おかげさまで、闇社会からは抜けられても。

 短気が完全に治るわけじゃない。

 相手が肉食獣だろうと。

 どっかではエライヤツだろうと。

 しつこいヤツは、大嫌いだ!

 根ほり、葉ほり。

 思い出したくない過去を、ほじくり返そうとするトシキにキレかけ。

 僕が声を荒げた時だった。

 小さな影が、僕とトシキの間に割り込んだ。

 そして、叫ぶ。

「螢に意地悪したら、俺が許さないんだからな!」

「……直斗」

 そう。

 肉食獣みたいな、トシキの前に踏ん張って立ち。

 小さな身体を出来るだけ大きく見せようと、両手を広げたんだ。

 口をへの字に曲げて、猛獣みたいなトシキの視線をぐいっと睨み返している。

 直斗は父親は居なくても、おおむね、平和な普通の家庭に育った。

 だから、と言っても。

 トシキの底に見える『怖さ』が判らないわけじゃない。

 よく見れぱ、直斗は、さっき逃げて行った俊介よりも青ざめて、震えてる。

 それでも、僕を守るように前に立つ直斗をトシキは、興味深そうに見た。

「坊主は、オレが怖くないんだ?」

「こ……怖くなんてないぞ!
 それより、人が嫌がるコトを言っちゃいけないんだからな!」

「……オレは、そんな悪いコトを言ったか?」

 クビを傾げるトシキに、直斗は怒鳴った。

「ムカシの話をすると、螢が、悲しい顔をするんだ!」

 自分の方が泣きそうな顔で、それでも睨んでいる直斗を指差し、トシキは僕に言った。