別に、水に濡れたわけじゃなし。

 一瞬。

 リハーサルの間の、三時間程度ぐらいなら。

 この、どろどろの服のまま放置してもいいかと考えはしたが、仕方ない。

 情けない直斗の様子が、かなりかわいそうで。

 本当は絶対しちゃいけない、遅刻覚悟で一旦、着替えをさせよう。

 なんて、帰りかければ、直斗が、その場で踏み留まった。

「俺、フラメンコって良くわかんねえけど。
 螢は、ソロで踊るんだろ?
 それとも、グンブ?
 でも、どっちにしろリハ(リハーサル)に遅れたら、かなり、マズいんじゃないか?」

 だから、自分のことは、ほっといて良いって言う直斗に、僕はちょっと目を見開いた。

「……ああ?」

 前々から、年に似合わず、いろんなことを知ってる、クソ生意気な坊主だと思っていたが。

『ソロ』だの。

『群舞』だのって言葉が、六才児から普通に出るとは、思えなかったんだ。

「……もしかして、直斗。
 なんか、踊ってんの?」

 そういえば、さっきも。

 僕が踊るダンスの種類をやけに熱心に聞いてたな、とクビを傾げたら。

 直斗は、ウン、と頷いた。

 ……でも、それが。

 なんとなく嫌々~~みたいに見えるのは、気のせいだろうか?

 僕の質問に、直斗は、げっそりと、ため息をついて、言った。

「ちょっと前まで、志絵里に、クラシック・バレエをさせられてたんだ」

「……へえ?」

 じゃあ、せっかくの産業祭だし。

 お前も踊れれば良かったな、と何気に言えば。

 直斗は、激しく首を左右に振った。

「もう、二度と、絶対ぇ、踊(や)んねえ!」