さかのぼること二週間前、全てはママのこの一言から始まる。



「ベルサイユ宮殿に行きたい」



ママは「コンビニのとろけるプリンが食べたい」と同じニュアンスでこう言った。



「じゃあ行くか」



パパも「さて、今日は仕事も休みだから買い物に行くか」のニュアンスでこう言った。



私フリーズ。
しばらくしてグラスに注いでいた麦茶が表面張力を超えてテーブルにこぼれた。



「はあ…?何言ってんの?だいたいベルサイユ宮殿ってフランスだよ!!」



私の痛くも痒くもない反論は、まるで空気のごとく当たり前にスルーされた。



「やっぱり行くなら一ヶ月くらい行きたいわ」



「そうだねー。長期休暇とって行っちゃおうかな」



どんどん進む両親の海外旅行の話に呆気にとられていたら、最後に満面の笑みでママは言った。



「優衣、今年はおばあちゃん家で夏休みをエンジョイしなさいね」



こうなったらママは止められない。私には一切決定権などない。



しかし…。



「いやよう!!なんであんな田舎に行かなきゃいけないのよ!!」



「田舎!?失礼ね!!ママの地元に対して!!たしかにこっちよりは栄えてないかもしれないけど…。だいたい、小学生の頃はあっちに住んでたのよ」



私の家族は小学二年生までママの実家近くに住んでいた。



共働きの私の家では、幼い私をママのお母さんであるキヨさんが面倒を見てくれていたのだ。



つまりキヨさんとは私のおばあちゃんに当たる訳だが、キヨさんは孫から「キヨおばあちゃん」と呼ばれたくないらしくて、私はキヨおばあちゃんとは呼ばずにキヨさんと呼んでいた。



そして小学三年生の春、私は今住んでいる街に引っ越してきた。



「ここで一ヶ月一人暮らしするなんて心配だし、あっちの方が安全だからね」



「じゃあ一ヶ月もフランス行くなよ!!」と叫びたくなるけど我慢した。



私の両親のこういう決定事項は絶対なのだ。





私…朝日奈優衣の高校初の夏休みは、こうして始まろうとしていたのだった。





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