LOST MUSIC〜消えない残像〜



――鍵をかけた胸の奥の扉が危うく開きそうになる――。


澄み切った瞳と儚い笑み。


“奏斗は私の星なの。ギター馬鹿な奏斗が大好きよ”


記憶の中の星羅の言葉がよみがえる――。


どこにも行かないように、目の前にいる存在を抱き締めたくなった。


“愛してる”って、言えなかった分も伝えたい。


そう、目の前にいるのが星羅ならば……。


姿も言葉もそっくりでも、星羅じゃないんだよな――。


「俺はもう恋はしない。……雅臣や智也もいるだろ」


絶対に恋なんてしない。


俺はこの心の中に、もう誰も入れたくない……。





すると、錫代は唇を噛み締めて、小さな拳にかたく力を入れた。


「……私は、奏斗先輩のことが好きなんです……」


小刻みに震える小さな声は、確かに俺の鼓膜に届いた。


でも、俺は聞こえないふりをして、本の森の奥へと身を沈める。


……宝石のような輝きを零れるくらいに湛えた瞳も見なかったふりして……。


でも、これでいいんだ。


どんなに似ていても星羅じゃない。


俺のためにも、錫代のためにも、深く関わらないのが一番だ――。


俺自身が変わらないでいるためにも。





時間が川のように流れ後戻りしたり、止まることがないように、自然の摂理は絶対だ。


でも俺は、俺だけは、時の流れにあらがってでも、変わらずにいたい。


大人になればきっと、なくしたことにも気付かず、大切なものを平気で忘れるんだ。


だったら、俺は変わらなくていい。


星羅との大切な日々が薄れていくくらいなら、死んだ方がましとさえ思える。


俺には星羅が命よりも大事なんだ――。


たとえ、それがもう記憶だけになっても、

一カケラも欠くことなく、

俺の胸に抱き留めておきたい――。


もう今度こそ手放さないように……。






――Chapter 2――


いつしか掴むことを諦めた

星に向かって伸ばした手


そして想いは

夜空を彷徨う――





――殻に閉じこもるように頭まで被った布団をいとも簡単に剥ぎ取られる。


瞼ごしに感じる眩し過ぎる朝日と頭に響く鬱陶しい怒鳴り声。


「奏斗!休みだからっていつまで寝てるの!」


眉間に皺を寄せて重い瞼を押し上げれば、鬼のような形相のおふくろが。


「中間テスト終わったんだしいだろ。うるせぇな」


俺は短く悪態をつくと、壁側に寝返りを打った。


「テストだなんて、あんたらしくもない。いい加減起きないとギター売るわよ!」


胸に痛みを感じながら、目の端に押し入れに手を掛けるおふくろの姿が見えた。





――俺のギター……。


ずっと弾いてやれてないギター。


なのに、心臓を潰されるように痛い――。


「勝手に入ってくんな」


俺は飛び起きておふくろを追い出した。


そして、もう誰にも荒らされないようドアに鍵をかける。


……急にドアを滑るように崩れゆく力の抜けた体。


誰にも触れられたくない。


誰にも踏み込まれたくない。


この苦しみが分かる人は誰もいないのだから。


たとえ、おふくろでも、

俺の部屋に、

俺の心に……

踏み込んでくるな――。





俺はたてた両膝に顔を埋めるように蹲った。


傷口に塩を塗られたように、心がヒリヒリと痛む。


苦しくて、無理に押し込んできた痛みに塗れた想いが、今にも決壊しそうだ――。


それを必死にせき止めるために、痛くなるほどに唇を噛み締める。


けれど、この想いからは何をしても逃れることができないんだろうか……。


机の上には逃れるように消費したノートの山。


取りつかれたように勉強して成績は上がったが、俺がしたかったのはそんなことじゃない。


結局、一生逃れられはしない……。


拒絶しても薄れていく記憶と、濃くなる苦しみの中で生きていくんだ。





―――――――
――――

遅く起きた俺は軽く朝飯をすませると、テレビを前にソファーに座っていた。


別に何を見るわけでもなく、テレビが映し出す様々な事件を別世界で起きていることのようにぼんやりと受け流す。


無意味な諍い、事故中心的な恨み、世界はくだらなすぎて笑えてくる。


ふと、リビングの掛け時計に目をやれば、もう11時過ぎ。


あの時間は過ぎたな――。


じゃあ、俺はこのままのんびりしてるか。


「だらだらしてるんじゃない!」


すると、おふくろの声とげんこつが上から降ってきた。


「ほっとけよ」





俺は無神経なおふくろから避難しようと席を立ったが、また頭を叩かれた。


「男のくせに約束破るなんてどんな神経してるの!さっき千秋ちゃんから電話がきたんだから」


いちいち目くじらたてて、煩くてしょうがない。


千秋のやつも家に電話掛けてきやがるなんて。


「千秋が一方的に決めたことだ。俺は関係ない」


それ以前におふくろが首突っ込む問題じゃねぇだろ。


「つべこべ言ってないで、早く行けって言ってんでしょ!!」


おふくろの大きな雷が落ち、なぜか俺は家から追い出されていた。


ったく、何で俺がこんな目に合うんだよ――?