LOST MUSIC〜消えない残像〜



「なら、諦めろ。あんたが言う夢とやらはもうないから」


夢なんて水の中の気泡のようなもんなんだ。


あっけなくはじけ、跡形さえ残らない……、所詮そんなもの……。


「嫌です――!」


突然の鮮明な言葉に、俺ははじかれたように目を見開いた。


「私、そんな中途半端な気持ちじゃありません!絶対に諦めません」


子供が駄々をこねているようにも見えるが、純粋で芯の強さが窺える。


曇りのない瞳は星羅そのもので、まるで俺の心を全て見透かしそうだった。


怯えるように震える俺の心臓音。


怖いんだ……、星羅に心を読まれるのが。





「……お願いします。せめて、ギターを教えてほしいんです。夢をくれた奏斗先輩に――」


星羅にそっくりな人間が今、俺の前で頭を下げている。


こんなのってあるか……?


俺が星羅に頭を下げなきゃならないのに、何でなんだよ……。


他人から見れば後輩が頭を下げているだけの光景。


でも、この光景は俺の胸を痛いくらいに締め付けるんだ。


痛みに耐えるように、左胸のワイシャツを必死に力を込めて掴む。


痛みは壊さんばかりの勢いで容赦なく襲ってきた。


……なぁ、星羅、俺にどうしろっていうんだよ……?





――星羅は俺に怒ってるんだろう……?


これも、俺への罰なんだろう。


でも、ギターを遠ざけてきた俺に、また音楽をやれっていうのかよ。


それはあまりに酷だ……。


だけど、星羅にそっくりな瞳に見つめられたら、俺はどうすることもできない。


「……俺は戻りはしないぞ。教えるだけだ……」


これが星羅からの罰だというならば、俺は甘んじてうけよう――。


「あっ、ありがとうございますっ――!」


錫代の晴れやかな笑顔は、星羅を彷彿させた。


……どんなに辛くても、俺は罰をうけ続けなきゃ、な……。





――足に重りでもついているかのように、歩みが遅くなる。


真っ白な部室の扉が迫れば迫るほど、重りの重量は増していくようだった。


俺は躊躇するように立ち止まり、鞄を肩に背負い直す。


ふと、背負い直した指先に、肩に違和感を感じた。


部室に行くには明らかに肩にかかる重みが少ない。


……かつて当たり前だったものがないんだから当然か……。


今更こんなことを思うなんて、どうかしてる。


俺が呆れてため息を吐きながら部室の方を見ると、ちょうど錫代が入っていくところだった。





「翠月ぃ~!待ってたよぉ!」


中からは猫でも可愛がるような変に高い声が聞こえてくる。


俺はそんな千秋の声を聞きながら、部室の外で戸に寄り掛かった。


仲良くやってんなら、俺なんか来ないほうがいいだろ……。


錫代がいる光景があまりに馴染んで見えて、自分の周りに透明な壁を感じた。


なんだか、全てが違う世界になっちまった気がするんだ、あの日を境に――。


「おい、奏斗。入れよ」


そんな壁を突き破ってきたのは落ち着いた低音。


いかつい顔で微笑みかける智也だった。





本当に智也は世話焼きだ。


見つけてくれなくていいのに、こういう時真っ先に声かけてくるのは智也だったよな……。


「あれ、もう来ねぇとか言ってたのはどこのどいつだったっけ?」


そして声では笑いながらも真顔で俺に言葉の刺を刺してくるのは雅臣だ。


「理由はあれってわけか?呆れたもんだ」


雅臣は視線で錫代を示しながら、小馬鹿にしたように肩をすくめ大きくため息を吐き出す。


……そんなことあるわけねぇだろ……。


そんなの俺が一番思うわけないだろうが――。


すぐそう言い返したいのに、できない俺は拳を痛くなる程握るだけ――。





すると、錫代が気を遣い遠慮がちに口を開いた。


「あ、あの……、奏斗先輩は私が無理言って来てもらったんです。ギター、どうしても教えてほしくて」


自分のためでもあるまいし、声を震わせ説明する錫代を理解できない……。


俺が言われただけじゃんか……。


「ふん、どうだかな」


ほら、雅臣は鼻で笑い捨てて、理解する気なんかないんだ。


雅臣は強いから弱いものの気持ちなんて分からない。


今だって、千秋がどんな辛い顔して雅臣を見てるか知らないだろうからな……。





でも、この空気を作り出す原因は間違いなく俺。


俺がいなくなれば、うまくいくんだ。


「俺はあくまで錫代にギターを教えに来ただけだ。こいつがマスターすれば、またバンドできんだろ。それまでの話だ」


俺は淡々と言葉を並べ、その空気を自ら断ち切る。


俺がさっさと教えて、早くここを離れればいいだけの、……簡単な話だ。


――そうだ、それだけのこと……。


「奏斗……、これをきっかけに戻ってこないか?奏斗がいなきゃ、Stellarは」


「悪ぃ……。それは無理だ……。ほら、早く教えなきゃだから始めようぜ」


俺は智也の優しさを軽くあしらって、逃げたんだ――。





俺は見つめる錫代に気付かないふりをした。


そして、ただ淡々と一人分ほどの距離をおいて錫代の隣に腰掛ける。


「あの……、奏斗先輩……」


細い声で伏し目がちに声を発する錫代。


「何だ?練習しないのか」


無駄口なんかたたきたくない俺は冷たく言い放つ。


何も知らずに呑気に白く輝く壁も、

星羅に瓜二つな姿がこの空間に存在することさえも、

俺には堪え難いことなのだから――。


なのに、どれだけ苦しめようとする……?


「奏斗先輩は、……本当にそれでいいんですか?何も知らない私に言う資格はないですけど……」