その背中に、どうやってそんな長い歳月の苦い想いを背負うのだろう――。
俺はきっと逃げ出す。
そんな重みには耐えられない。
「何でだよ……。俺にかまわず言えばよかったんだ」
雅臣がそうしていたら、少なくとも星羅は安らかに最期を迎えられたはず……。
「言えるわけないでしょ、あの雅臣が。親友のあんたにも、あんたを好きな星羅にも、傷つけるようなことはできない――。お人好しなの」
自分がより一層惨めにみえた。
俺は何一つ分かってない馬鹿だと……。
千秋は誰より一番雅臣を知っているはずだから、余計にその言葉たちに重みが増す。
どっしりとその言葉がのしかかって、俺の足は止まる。
つくづく自分が腑甲斐なくて、前に進む力もない。
「でも雅臣は、前向いてるよ。星羅の分もあたしらは頑張んなきゃ」
千秋は地に足をしっかりとつけて、迷いなく言った。
「だから私、雅臣に告ってフラれにいった。やっと初恋終わりにできたよ」
そうして千秋は傾いた太陽の下、とびきりの笑顔を見せる。
そこには痛みなどなくて、金色に光るなびく髪も、子供みたいな笑い顔も、眩しいくらいに輝いていた。
余分な感情を全て削がれ、磨かれた自身の輝きを放つ宝石のように――。
「だってさ、後ろ向いてたら、星羅に笑われるでしょ」
千秋の笑い声にまた、胸がちくりと痛む。
どうやって前を向けばいいのか俺には分からないから……。
星羅との記憶は一つだって捨てられるものはないし、情けない想いさえも消せはしない。
たとえ、それらを削り、宝石のように輝けるとしても――。
俺はしがみついてでも、失いたくないんだ。
「じゃあ、そろそろあたし帰るわ」
千秋は悪戯っ子のような笑みを見せると、俺にこの前貸したハンカチをふわりと投げ渡された。
「礼に、いいこと教えてあげる。今日の夜七時、Vegaのページにいってみな。じゃあね」
そして千秋は意味の分からない言葉を残し、去っていった――。
――空は橙色と藍色の絵の具が境界線を作るように二分して塗られている。
正反対のその二色は決して相容れず耐えているように見えたが、それはすぐに変化した。
太陽が地球の裏側へ消えれば、橙色は負け、空は藍色で塗り潰される。
そう、闇に染まらぬものはない。
俺はまるで負けた橙色だ……。
闇にのまれればもう、元の色には戻れない。
そうして、帰ってきてしまったのは家。
あんなことがあって、どんな顔して帰ったらいいのだろう……。
どんなに遅らせても、ここは俺の家で、変わらないんだ。
その時、あるものに目を奪われた。
玄関のポーチに立て掛けられた、懐かしい形。
闇空の下、風に吹かれる黒いカバーに包まれた紛れもない俺のギター……。
足は衝動的に動いて、腕は必死にギターを抱き締めた。
いつから置かれていたのかそれはひんやり冷たくて、あの日の星羅が脳裏を過る。
もう絶対何も失いたくない。
もう、守れないのは嫌だ……。
強く心が叫び、タイルの上に膝をついて、ただただ胸に抱く。
二度と弾いてやれないのに、このギターが大事なんだ――。
胸は張り裂けそうに痛くて、カバーの上には溶けるように雫が染みていった。
ギターを抱きかかえて、部屋へと駆け込む。
おふくろの怒鳴り声も無視して、部屋に滑り込むと俺はその場に力なく崩れた。
あんな場所にギターをきっと捨てたおふくろも、いつまでもしがみつく俺も、どっちも許せない……。
一年以上触ってないのに、カバー越しなのに、指先はよみがえったように次第に熱を帯びてゆく。
感触が染み付いた指は、何も忘れてないんだ――。
俺は名残惜しく、薄暗い床に置いて手放した。
これ以上思い出してはいけない。
これ以上感覚を思い出したら、絶対辛くなるから――。
胸の中で渦巻く様々な想いを消し去るように、手の甲で目頭の熱いものを拭う。
ぐちゃぐちゃになった想いは肺をも締め付けて、俺は背にある扉に体を預けた。
ふと、目の端に映りこんだのは、暗い部屋の中で侘しく光る七時をさす時計の針。
千秋がVegaのページにいけと言った時間。
何で今更、星羅のケータイ小説を……。
思い起こせば起こすほど、千秋の言葉が、疑問が、脳裏を占拠した。
気が付くとケータイを手にとって、期待を隠せない指が今にも確かめようとしてる。
願いと諦めが入り交じり、最後のボタンを力を込めて押す。
そして瞳を開けば、見たこともない作品のタイトルがあった――。
『星空からのファンレター』
(Vega/著)
最終更新日/2011/9/2
愛するすべての人へ。
ありがとう――。
私は小さい頃から心臓が悪くて、お父さんやお母さんにはいっぱい心配かけちゃったね。
ごめんなさい。
でも、私生まれてこれてよかったよ。
お父さんとお母さんのおかげで、いろんなものを見ていろんなものに触れられた。
愛だって、友情だって、恋だって知ることができたの。
本当に幸せだよ、お父さんとお母さんのところに生まれてこれて。
二人の子供でよかった。
とっても感謝してます。
だって、あんなに素敵な仲間に出会えたんだから――。